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創作BL「青い月に啼く」8
人間と魔の混血種が住む民族区域が舞台
混血種が自治のため結成した「凶徒(マフィア)」のとあるファミリーの話
混血種
人里に住む者は殆ど人間と同じ生態だが、身体能力や見た目に強く血統が現れる者もいる
青い月が昇る夜、本来の魔の姿に戻るとされている
登場人物
スターシステムを採用し「鹿書房」こと伍月鹿作品のキャラクターが別人として登場します
自治区で雨が降るのは珍しいことだった。
特殊な力が働いているわけでも、時空の歪みが起こっているわけでもない。単に、地形に恵まれた地域というだけだ。
そのため、自治区の住民は、傘を持たない。
需要がないものを売る商人もいないため、手に入れるのには区外に行かなければならなかった。
住民権を持っている者が出入りするのは自由だ。しかし、数日の雨のためにそこまでする奴なんかいない。
多くの奴は雨が降れば家に籠り、珍しい光景を窓から楽しむのだ。
それに、俺のように慣れない雨に動けなくなる者も多いと聞く。
この辺りで傘を持っているのは、そんな奴らを見て回るのが仕事のジャックくらいなものだろう。
いつ会っても得体の知れない医者が出て行く。
この後は娼館街の方を回ると言っていたが、こんな天気で歩き回ったら、あいつこそ風邪を引かないのだろうか。丈夫に出来ている奴らを羨ましく思いながら、取り替えたばかりでひんやりとするシーツに沈む。
あの医者は得体の知れない存在だが、彼が処方する薬はよく効く。
それさえ飲めば、この忌々しい頭痛も少しはマシになるだろう。
薬が効くまでひと眠りでもするかと思ったところで、控えめに扉が叩かれた。
返事をする。
そろそろと様子を伺うように顔を見せたのは、かつての友人の面白味のない顔だった。
「お前かよ」
「私で悪かった。マリエが寝込んでいると教えてくれた」
生真面目な返事は、相変わらずだ。
招き入れると遠慮はしないのに、余計なことを聞いてこないのはゼルの不思議なところだった。
レオも朝からイラついていると聞いている。
雨で憂鬱になるほど繊細ではないが、仕事に遅れはでる。あちこちに発生している急病人相手にも甲斐甲斐しいマリエの存在は、この屋敷には欠かせないものだった。
仕事で立ち寄ったゼルは、母屋で彼女と会ったようだ。
思えば、すっかり減ったと思ってはいたが、彼女も先代やクーデター騒動を知る数少ない生き残りである。
だから、ゼルも彼女とは会話ができる。
今日も正装を崩さない男が座るのを眺めながら、俺はいつになくセンチメンタルな思いに耽った。
「屋敷で仕事、珍しいな」
前回の宴のあと、ファミリーは後始末に追われていた。
裏切りものの始末。内通者の炙り出し。
娼館街で殺された女は、昔、先代が故意にしていた女の娘だと最近になってわかった。
あれは、ルーを呼び出す駒だったのだろう。
シマで殺しが起これば、彼が現れる。そう踏んでただ使い捨てられた駒だ。
女とニシキの間に、どのような取引が行われたのかはわからない。犠牲になった魂はうちの若い者同様、丁重に供養されることになるだろう。
爆弾騒ぎも、ニシキの手によるものだと判明した。
鬼宿日を狙ったのも計算の内だ。屋敷の構造を知り尽くしている先代となれば、侵入は容易だったはずである。
しかし、はっきりわかったのはそれくらいなものだ。
もともと高齢だった彼は牢の中で衰弱し、辛うじて悪魔の力で生かされているようなものだ。
彼を利用しようとした、真の黒幕がいるのかもしれない。
ここのところ、それらの情報収集で慌ただしい毎日だ。
役職を持つ者はまともに寝る時間も取れていないだろう。
ラムネの姿も、しばらく見ていない。
俺がそう告げると、ゼルは上着から携帯電話を取り出した。
「そろそろ定期連絡がくる。五分くらいは話せるはずだ」
「話したいわけじゃねえよ。つうか何、ポケベルの時代は終わったのか」
「ポケベルの時代はとっくに終わっている」
何しろ、国際政府樹立五十年だ。
古い機械は丈夫といっても限界はある。電波は時代に合わせて変化して、受信する機械もそれに合わせていく必要がある。
当たり前のことを大真面目な顔で告げる男に思わず噴き出した。どちらにせよ、ネットワークから弾かれている彼に流行り廃りの話をしても無駄である。
そのうち、本当にゼルの端末が震えだした。
端末を差し出そうとする男の手を振り払い、いいから出ろと促す。
上司からの電話を、ゼルもいつもと変わらない口調で出た。
彼らが話をしている間に、今度こそ頭を枕に埋める。ゼルと話している間は忘れていた頭痛が、微かに戻って来る。
だが、この程度なら今更だ。それよりも湿気でべたつく伸ばしっぱなしの髪の方が鬱陶しい。
腕を伸ばし、ゼルの長い髪に触れる。
ガラスの右目はこちらに気づかない。そこに埋まっていた赤い宝石のような色を、俺はとっくの昔に思い出せなくなっていた。
「……で、また逃げたのか?」
定期連絡の内容は、仕事が二割、逃げたソルジャーの行方が三割といったところだった。
やり取りの口調で誰の話かは察しがついた。
前にも、同じ男が職場を放棄しているはずだ。俺は直接の関わりがないが、あまり繰り返すようならば無視はできない。
ゼルはなんてことのないような顔で頷く。
左目が窓の外を見たのにつられて、俺も身体を起こした。
「雨だからだろう」
「説明が下手だからって言葉を端折るクセやめろ」
説明になっていない返事を指摘すると、彼はやっと能面のような表情を崩した。
いつになく困ったように眉をさげ、やがてもごもごと話し出す。
要は、俺のように雨で体調を崩している者が多いということを言いたかったらしい。
体調が悪い者に、無理やり仕事させる組織ではない。
今日は自宅待機の者も多く、事前に報告し合えば仕事に穴が開くことはないはずだ。
だが、ゼンは無許可で姿を眩ました。
しかも今回は、以前のように娼館街に潜んでいるというわけではないらしい。アオイのとこのソルジャーと共にいないと告げるには、ゼルの口調は少々のんびりしすぎである。
「待て。秘宝もいないのか」
「ヘリックス、彼もそろそろ成人を迎えるのだから、いい加減その呼び方は改めてやれ」
「いまはそんなことどうでもいい。お前、何のためにここんとこバタバタしてたと思ってるんだ」
元はといえば、新たな秘宝が見つかったことが全ての始まりなのだ。
赤い瞳のルーガルーが生まれる確率は低い。
そもそも、混血種で生殖能力を持っている種族は稀なのだ。だからこそ国際政府は、混血種を異端と見なす。レオのような例外はいるにいるが、彼の子に秘宝はいなかった。
今度こそ、心臓を生み出せる存在はジャンで最後になるだろう。
それを知って、あの子供を襲う存在が今後現れないとも限らない。
どこかに放り出した端末を探す。
毛布の隙間から出てきたそれに、新しい通知は届いていなかった。
「ヘリックス、聞け。というか、寝てろ」
「うるせえ。お前の所為で頭痛が治らねえ」
「なら、余計寝ていた方がいい。あの子のことは心配しなくていい」
「あ?」
不器用なゼルの言葉を信じるならば。
宴の夜以降、ジャンは秘宝を生み出す力を失った。
ルーガルーの成人は十八だ。力を失うのには少し早いが、精神的な負担もあったからだろうとジャックは皆に報告した。
まるで身体が変化に拒むように、数日高熱を出して寝込んでいたと聞いている。
目覚めたとき、彼の瞳にも変化があった。始祖の血の証である赤目は濁り、茶が混ざるようになったという。成長するにつれて、彼は周囲のルーガルーにも馴染めるようになっていくことだろう。
だが、完全に始祖の能力を失うわけではない。
不安定な体調に、この雨だ。
アオイが大事を取って休ませたところ、それを聞きつけたゼンが朝一でジャンをアントから攫ったらしい。
「逃亡先はホテル街だ」
「随分と近場だな」
「トウマが場所を提供したらしい。部屋もわかっている」
「は? じゃあ、なんでお前らは捜索してるふりしてるんだ?」
「大ごとにした方が、ゼンの命令違反を罰しやすいからじゃないか」
アソシエーテがソマギを通してラムネに連絡し、アオイにも部下の居場所は伝えている。
俺だけ蚊帳の外だと漏らせば、いま伝えたとゼルは飄々と告げた。
「雨がやむまで、行方が分からないということになっている。秘密は少数で共有した方が確実だろう」
「まあ、そうだけどよ。折角傷が目立たなくなってきたところだっていうのに、ゼンも気の毒だな」
「私の右目と同じだ。組織を引き締めるためには、時にわかりやすい制裁が必要だ」
「……お前が自分でいうの、笑いごとにならねえ」
気色の悪いシナリオだとぼやけば、案の定、チトラの絵図だと明かされる。
昔から、俺たちのボスには少々サドの気があると睨んでいた。
そんな奴を崇拝し、なんでも言うことを聞くゼルはマゾの才能でもあるのかもしれない。
思っただけで口にしなかったのは、焦ったことで上がった心拍数が、余計頭痛を酷くしたからだ。
「もう、いい。寝るわ」
「ああ。邪魔して悪かった」
立ち上がったゼルから、嗅ぎ慣れた香りが舞う。
妙に馴染みのある香りの正体を無意識に探す。やがてチトラの部屋でいつも嗅ぐものだと気づいて、胸が鳴った。
思えば、最近ゼルから血の香りがしない。
「なあ」
部屋を出ようとしていた男を呼び止める。
振り返ったゼルは、いつもほんの少し傾いている首を更に傾げた。
「……お前のとこ、楽しそうだな」
伝えるべき言葉を飲み込み、どうでもいいことを口にする。
ファミリーに戻ってきたゼルは、制裁を受け入れ、チトラの監視下に置かれる名目でここに残った。
やがて新任のカポレジームの元に配属され、それなりにうまくやっているようだ。
昔のようにいつまでも語り合うことはできなくなった。
それでも、彼はこれからもこの街で生きるつもりらしい。
「確かに、そうだな。愉快でいい」
いつになく、柔らかい声でゼルは言う。
左右で異なる色をした、彼の力の証であった瞳はもう存在しない。
ガラスの瞳で静かに細める男は、もう皆から敬い恐れられるタラスクではない。
それでも彼は、美しい鬼のように綺麗に笑った。
「皆、私をただの脚立だと思ってる。それが、心地いいんだ」
「……脚立か。せいぜい、倒れないよう頑張れよ」
ゼルの長身が消える。
一定のリズムで遠ざかっている足音に耳を傾けているうちに、眠気が襲ってきた。
薬が効いてきたらしい。
重い頭が枕に沈むようだ。奈落の底に落ちるかのような眠りは抗いたくなるような恐ろしさもあったが、ふと、落ちるのも悪くないと思えた。
どうせ、不完全なア・バオ・ア・クゥーだ。
登り切ることのない塔ばかりを見上げているだけでは、首が疲れてしょうがない。
ふと浮かんだのは、古い記憶だ。
それはまるで、終わらない地獄のようだった。
友人を傷つけ、痛めつける。制裁のためとはいえ、かつての仲間を拷問するのは腕が痛んだ。罪悪感と躊躇いが普段の力を無意識に制御させるらしい。
なのに、彼を殴るたびに身体が歓喜する。
半透明に近かった皮膚が色づき輝く。奥底に眠る本能が呼び覚まされる。
ふと瞼をあけたゼルは、ふっと笑みを作った。
こちらを許すような優しい鬼の美しさを、俺は一生忘れないのだろう。
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