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創作BL「青い月に啼く」7(前)

人間と魔の混血種が住む民族区域が舞台
混血種が自治のため結成した「凶徒(マフィア)」のとあるファミリーの話

混血種
人里に住む者は殆ど人間と同じ生態だが、身体能力や見た目に強く血統が現れる者もいる
青い月が昇る夜、本来の魔の姿に戻るとされている

登場人物
スターシステムを採用し「鹿書房」こと伍月鹿作品のキャラクターが別人として登場します



 自治区に赤い瞳を持つ者は三人しかいない。
 
 一人は生まれつき全身の色素が薄いヘリックスだ。
 もう一人は種族の血を濃く受け持ったジャン。
 最後の一人は、かつてこの地で皆の羨望を集めていた青年だ。

 牙をふるうように投げられたナイフが、ジャンの背後にいた男の肩に当たった。
 骨にぶつかったのだろう。
 血しぶきと共に、鋭利な刃物が飛ぶ。音を立てて磨かれた床に落ちたそれは、回転してラムネのヒールの下で止まった。

 四方から現れて私たちを囲んだ仲間たちが、蹲る男を押さえる。
 
「トウシ、奪え」
「はい」

 ヘリックスの短い指示に、大柄な天狗が従う。
 彼は大きな指で男の胸についていた宝石をむしり取った。

 決められた段取り通りに、仲間たちが動く。
 結界が貼られ、周囲は幻覚で覆われる。
 豪華絢爛な宴の会場は遠ざかり、周囲はホテル本来の姿を取り戻す。
 集団を移動させる術は、高位な神にだって難しいものだ。
 だが、複数の者の術が重なり合ったことで、不可能だと思われた策も実現に至った。
 会場に足を踏み入れた者は、様々な術で自身の意思とは異なる行動をさせられていた。自分でも意識しないうちに移動をさせられ、その先を会場だと思い込んだ。
 たった一人を欺くために仕掛けられた迷路のような空間は、バッチをつけていない者以外はまともに歩けなかったはずである。
 宴の参加者は、今頃、こことは異なる安全な空間で、宴の続きを楽しんでいるに違いない。
 何日も前から入念に練られた計画だ。

 小型の連絡方法。
 目印の青い宝石。
 散りばめられた配置。
 個々の能力を活かした作戦は、我々を指揮する首領にしかたてられないものだろう。

 無意識のうちに止めていた息を、吐いた。
 全身から力が抜けそうになるのを、ちょうど現れたレオが支えてくれた。
 段取りは決まっていたとはいえ、予測不可能なことも多い作戦だ。
 どうにかなりそうだった緊張がとけ、杖で支えた足もおぼつかない。

「アオイ、もう少し辛抱だ。ゼンはジャンを」
「はい。ジャン、立てる?」

 レオの指示で、顔に傷を残すルーガルーが動く。タラスクの牙を避けてしゃがみこんでいたジャンを起こし、震える身体を支える。
 また、顔色が悪い。
 彼の瞳は動揺に染まり、仲間たちに取り押さえられている男に釘付けになっていた。
 作戦の全貌を知っていたのは、カポ以上の者のみである。
 若い彼には酷な結果だ。
 ゼンが彼を抱きかかえる。あとは彼とジャックに任せるしかないだろう。

 
 中央では、ゼルが拘束した男を見下ろしているところだった。
 音楽は鳴りやみ、あたりは静まり返っている。だが、青い宝石をつけた者以外はすでにこの場にいない。混乱が起きるでもない会場に、地味なスーツの男だけが動揺を見せている。

「タカヒロ。そう名乗っていたな」

 ゼルがナイフを拾う。
 血を落として再び男に向けられた刃が、天井のシャンデリアを反射する。
 ゼルの傍にはヘリックスの部下が並んで、男の抵抗を牽制した。

「どうして、術が……」

 男が呟くのが聞こえた。
 その顔が溶けるように歪む。青年の姿がみるみるうちに老いてみすぼらしいものに変化し、縮んでいくようにも見える。

 ふいに、ヒールの音が響いた。
 踊るような足取りで近づいてくるのは、会場を管理していたソマギと、補佐をしていたレンとショウの姿だった。
 こちらに駆け寄ってきたショウが、私を過剰なまでに心配する。
 疲れただけだと言っても、頑固な玄武は頑なだった。どこかから引っ張ってきた椅子に私を押し込めると、元凶に鋭い殺気を飛ばす。
 呆れた顔を隠さなかったレオがショウに私を任せ、蹲る男の傍に移動する。

「我々の『心臓』は本物だからだ」

 レオが、胸元に光る宝石を撫でる。
 普段は青く、月明かりや蛍光灯で照らすと赤く染まる石だ。
 変わらない友情や忠実さの意味を持つ宝石を加工したものを胸につけるのが、ファミリーの証だ。
 今宵、ゲストにも配られた特別な石は、単に仲間を区別するためだけに存在するのではない。

「貴方も聞いたことがあるだろう。選ばれた存在が生み出す本物のベキリーブルーガーネットは『ルーガルーの心臓』と呼ばれている。我々の一族で選ばれた者が生み出し、ファミリーに加護と繁栄をもたらす特別な力を持つ、とな」

 故に、ルーガルーと力を結んだ黒徒は、特別とされた。
 自治区を支配する力を得たのも、ファミリーが古くから『心臓』を所持するためだ。
 様々な力を持つ宝石だが、一番の効果は、今宵のような青い月が昇る夜に発揮される。

「危機的状況の克服。これが本物の心臓しか持たない力だ。貴方が、家族を裏切ってまでも欲しかったものでもあるな」

 悲し気に眉を下げたレオは、ふいにポケットから薬瓶を取り出した。
 菓子でも食べるかのようにいくつか口に放り込んだ彼は、水もなく錠剤を飲み込む。
 改めて男に向き合うと、警戒を続けるゼルの肩を叩いた。

「この男はタラスクの血を濃く持つ。本来なら青い月夜には半獣半魚の姿に変化するところだが、心臓がそれを護っている。だからこうして、お前をしとめることができたわけだ。……五年前とは違ってな」
「レオ、悪魔ごときが、これ以上は知る必要はありません」
「悪魔に落ちたとはいえ、かつての家族だ。無下にはできまい」 
「そういうものですか」

 ゼルの視力が残る瞳が、男とレオを交互に観察する。
 
 三日月の形をした刃は、未だ、男の心臓にまっすぐに向けられている。
 男の変化が終わりかけていた。
 男の顔から借り物の仮面が落ち、その顔を露わにする。

 タカヒロと名乗っていた人間が、宝石の加護を失い、本来の姿を取り戻す。
 一度加護を得た存在は、宝石に力をコントロールされる。
 男が自分にかけていた術も、不思議な石は残さず奪い去ったらしい。なんの特徴も持たない人間の姿は、月明かり差し込む空間では、酷く小さく見えた。
 かつての彼を知らない者たちに囲まれ、男には威厳の欠片も見えない。

「蜃気楼をみていたこともに気づけない程度の人間だ。ここまで警戒する必要はなかったんじゃないか?」

 レンが呆れたように皆を見回す。
 彼は術の名残を吹き飛ばすと、離れたところで待機していたトウマの足元に落とした。
 慌てる彼らを笑う蜃をラムネが叱るが、彼女も男を擁護するつもりはないらしい。
 たぶらかす必要もない男を冷たい瞳で見下ろし、腕を組む。

「他種族の真似事がうまいようですね。しかし、人間ごときにルーガルーの鼻が誤魔化せないことくらい、ご存じだったのでは?」
「俺は、人間じゃない」
「混じりけのない人間だけが悪魔になれる。だから自治区ではあんたは『人間』と呼ばれるんだよ」

 レンが反論した男をせせら笑う。
 男も承知だったはずだ。
 悔しそうに口を噤むが、毒の棘を持つペルーダには抗えないようだ。

 ヘリックスの合図でモノミが彼から離れ、代わりにナオトが前に出る。

「ねえ。お兄さんの名前を聞いてなかったね。教えてくれた名前は嘘のものでしょう?」

 ナオトの顔を見て、男の表情が微かに変わった。
 タカヒロが監視されている間、常に傍にいた存在だ。彼らの間にどんな友情ができたのかは知らないが、短時間で人に好かれるのは天使であるナオトの特技である。

 文字通り、天使のような愛くるしい笑みを浮かべたナオトが、指を鳴らした。
 途端、男の背中からどす黒い羽が出現した。
 堕天使がほほ笑む。

「それとも、他の人が知っているのかもね。例えば、ソマギさん?」

 無邪気に笑みを浮かべ、ナオトが振り返る。
 黙って場を眺めていた吸血鬼が、不意をつかれたように眉をあげた。
 美しい顔に苦笑いのようなものを乗せ、それでも優雅に口を開く。

「――『ニシキ』、やはり、貴方だったんですね」

 それは、自治区で誰も口にしなくなった名前。
 私たちを裏切り、秘宝を独り占めしようとした悲しい人間の名前だ。

 先代のなれの果てが、かつての子供たちの前で俯く。
 その光景から目を放してはいない。私は強く感じながら、奥歯を噛みしめた。


登場人物
ニシキ:先代首領
かつて自治区で権力を持っていた悪人をたった一人で暗殺し、
住民のために黒徒を結成した人間
居場所のない混血種たちのために奮闘し、長くその他の種族と確執があったルーガルーとも硬い絆を結んだ
数年前に敵ファミリーの男に殺されたとされていた
 「パティスリー棚岡の磨かれた銀のフォーク」錦


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