💿『美しく青きドナウ』ほかウィンナ・ワルツ名曲集　ヨハン・シュトラウス2世

指揮：ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏：ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音：1966年/1969年
作曲者：ヨハン・シュトラウス2世(1825〜1899)

【曲目】
1.『ワルツ《ウィーンの森の物語》op.325』
2.『ポルカ《狩》op.373』
3.『ピチカート・ポルカ』※
4.『ポルカ《雷鳴と電光》op.324』
5.『ワルツ《ウィーン気質》op.354』
6.『ワルツ《美しく青きドナウ青きドナウ》op.314』
7.『皇帝円舞曲 op.437』
8.『アンネン・ポルカ op.117』
9.『トリッチ・トラッチ・ポルカ op.214』
10.『ワルツ《うわごと》op.212』※
11.『常動曲 op.257』

※3はヨーゼフ・シュトラウスと共作。10はヨーゼフ・シュトラウスの作品。

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ワルツとポルカの違い

このアルバムでは主にヨハン・シュトラウス２世の作曲したワルツとポルカの曲が収録されています。まずはじめにワルツとポルカの違いですが、ワルツは三拍子の舞曲で和名では円舞曲として知られています（７曲目に皇帝円舞曲があります）。また同じ三拍子にメヌエットがありますが、ここでは割愛させていただきます。一方、ポルカですが、名前だけは聞いたことあるけど、どういうものかはさっぱりという方も多いでしょう。ポルカとは二拍子の速いリズムで、チェコが発祥とされる民俗舞曲です。以上のことからもわかる通り、ワルツもポルカも舞曲であり、クラシックの楽曲に転用されることも数多くありますが、元は踊りの曲だったわけです。

ヨハン・シュトラウス２世と『美しく青きドナウ』

ワルツ王

作曲者のヨハン・シュトラウス２世は生涯を通じて20曲以上のポルカ、そして170曲以上のワルツを作曲しました。とりわけそのワルツの多さ、もとい作品の秀逸さから「ワルツ王」とも呼ばれています。
彼は1825年10月25日に、ウィーンの南に位置するザンクト・ウルリッヒという場所で生を受けました。父親は『ラデツキー行進曲』でも知られるヨハン・シュトラウス1世で、弟に今アルバムの10曲目を書いたことでも知られるヨーゼフ・シュトラウスがいます。

厳しすぎた父親

ヨハン・シュトラウス２世の父親であり、音楽家でもあったヨハン・シュトラウス１世はとても厳格な方だったといいます。８歳の頃、ヴァイオリンを弾きながら指揮をこなす父親に憧れた息子の２世は、近所の子どもたちにピアノを教え、稼いだお金でヴァイオリンを購入します。ですが、父親にヴァイオリンが見つかるとなんとその場でへし折られてしまいます。８歳で自力でお金を稼ぐというエピソードが霞むほどインパクトのある父親です。
それだけではありません。父親は元来、競争心が強かったといいます。将来的に息子が自身のライバルになることを恐れた父は、息子をどうにかして音楽の道から引き離そうと、ウィーンにある総合技術専門学校に進学させます。
しかし、音楽の道を諦めきれなかった息子は17歳の時に学校を退学。教会のオルガン奏者のもとで音楽を学びはじめます。そして、自身の楽団を率いていざデビューというときにまたしても父親が目の前に立ちはだかります。ヨハン・シュトラウス１世は自身の楽団員に息子への賛辞を禁句にし、またウィーン中の飲食店に場所を提供させないように交渉、挙句の果てには新聞社を買収し、息子の誹謗中傷を書かせたといいます。ここまできたら鬼畜の所業ですが、息子の２世も負けてはいません。当時20歳にならなければ音楽家にはなれませんでしたが、役所に直談判しそれを説得しました。内容は「父親が愛人に入れ込んでいて、家に生活費を入れてくれない。自分が母や弟の面倒をみなければならない」というものでした。
その話がウィーン中に広まり、悪い父親と健気な息子という構図ができあがり、息子は19歳のときに自身の楽団を率いて指揮者兼ヴァイオリニストとして見事デビューを果たしました。

美しく青きドナウ

ヨハン・シュトラウス２世の代表曲である『美しく青きドナウ』はニューイヤーコンサートのアンコールでは欠かさず演奏され、オーストリアの第二の国歌とも呼ばれるほど有名な曲です。
この曲ができた契機として、オーストリアとプロイセンの普墺戦争が挙げられます。1866年の6月に戦いの火蓋が切られましたが3か月も経たずにプロイセンに軍配が上がります。敗れたオーストリアはドイツ統一から除外され、ハンガリーとの二重帝国になります。敗戦ムード一色のオーストリア国内でしたが、こんな時だからこそ明るく前向きな気分になれるようにとウィーン男声合唱協会が白羽の矢を立てたのがヨハン・シュトラウス２世でした。

協会「頼む。この国と国民たちにふたたび活気を取り戻してくれ」
２世「お、おう」
協会「今こそあんたの曲が必要なんだ。とびきり愉快で朗らかで心の重さを取り除いてくれるような曲を書いてくれ」
２世「お、おう、わかった。わかったから」
協会「失いかけてるナショナリズムを今一度俺たちに思い出させてくれ」
２世「わかった。わかったから、とりあえず、さっきから足踏んでるから」

そして戦争の翌年に彼はこの『美しく青きドナウ』を完成させました。現在は一般的にオーケストラのみの演奏を多く耳にしますが、当時は歌詞がついていました。ここでは一部を抜粋します。

美しいかぎりのドナウ川
谷や野を通り
どこまでも穏やかに流れる君に
私たちのウィーンはあいさつを
君の銀色のリボンは
国と国を結んで
心は楽しく揺れる
君は美しい
岸辺でただただ見守るだけ…

とても抒情的で親愛に満ち溢れています。曲全体はおよそ10分ですが、出だしから終わりまで聴き余すポイントがないほど洗練されています。まるであらゆる無駄な音をそぎ落とした先にこの曲が浮かんでいたような感じです。おおまかにわけて五つのワルツが折り合わされて一つの曲を形作っていますが、そのどれもが孤立することなく川の流れのように調和しています。そこから浮かび上がるのはウィーンの町並みや美しいドナウ川の情景だということはいうまでもありません。ヨハン・シュトラウス２世は戦後の傷跡残る国を励まそうと音でオーストリアの原風景を描き出しました。

まとめ

今回はヨハン・シュトラウス２世とその代表曲でもある『美しく青きドナウ』を取り上げました。彼がワルツ王と呼ばれ、オーストリア国民に今なお愛されているのは、彼がワルツを愛し、そしてオーストリアと国民を愛していたことに他なりません。このアルバムにはウィーンっ子だけではなく世界中の人々の心を躍らせてくれるような曲が満載です。ぜひ一度、彼の音楽に心と体をゆだねてみてはいかがでしょうか。

▼ワルツ『美しく青きドナウ』　2014年のニューイヤーコンサートから