💿『交響曲第１番』ブラームス

指揮：ヘルベルト・フォン・カラヤン
演奏：ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音：1987年
作曲：ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)

【曲目】　
1.『交響曲第1番　ハ短調　op.68』

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ブラームス　交響曲第１番

▼ブラームス『交響曲第１番　ハ短調』　指揮：カラヤン　演奏：ベルリンフィル

貧しかった幼少期

ブラームスは1833年に現在のドイツのハンブルクに生を受けました。父は市民劇場のコントラバス奏者をしていました。家にはピアノがなかったことから、ブラームスの最初のキャリアはヴァイオリンだったのではないかといわれています。
７歳からピアノ教師のもとで、本格的なピアノ教育を受けるようになると、その才能はすぐに開花し、10歳ですでにステージに立つほどにまで成長しました。また、彼の家は貧しかったため、弱冠13歳という若さでダンスホールや居酒屋でピアノ演奏を行い、家計の足しになるよう日銭を稼いでいたといいます。
彼が14歳の頃、ヨーゼフ・ヨアヒムというヴァイオリニストが演奏したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲に強く感銘を受けることになります。それから、彼は日夜ベートーヴェンについて研究し、その影響を色濃く受けることになります。

ベートーヴェンの後継者

徐々に名声を上げていったブラームスですが、すでにその頃には音楽仲間としてヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムと親交がありました。当時ブラームスは20歳。そのヨアヒムを通じて紹介されたのが、最も有名な音楽家の一人でもあったロベルト・シューマンでした。ブラームスはシューマンの家で自身の作った『ピアノ・ソナタ第１番』を披露します（このピアノ・ソナタは友人のヨアヒムに献呈されています）。その演奏を聴いたシューマンはあまりの演奏と出来栄えに驚嘆してしまったといいます。当時『音楽新報』という音楽誌を創刊していたシューマンは自ら筆を取り、ブラームスについての評論を執筆しました。掲載された記事には、惜しみない称賛と併せて「ベートーヴェンの偉業を継ぐ者」とまで書かれていました。

完璧主義者

ピアニストとしてもかなりの腕前だった彼ですが、その道は断念していまいます。それは自分よりも上手なピアニストは多くいるという理由からでした。それから、彼は作曲家になることを決意します。しかし、彼は完璧主義者でした。その性分によって彼自身を苦しめてしまうことになります。ブラームスは曲を書いては捨てて、曲を書いては捨ててというサイクルを繰り返すようになります。また、自分の仕事場を決して人に覗かせなかったといいます。それに加えて自分の仕事の痕跡を残さないよう、常に気を配ってもいました。そのせいで、若き日の作品はおろかスケッチの断片さえ後世に残されることはありませんでした。

最も待ち望まれた交響曲

1876年、彼が43歳の時に『交響曲第１番』は完成されました。しかし、彼がここにたどり着くまでには、21年という歳月がかかりました。生まれた子どもが成人するほどです。着想からそれほどまでに時間がかかったのは、ひとえに彼の完璧主義的性質だけが起因しているとは決して言い切れません。
ブラームスは先にも書いた通り、ベートーヴェンの後継者として、周りの期待を一身に背負っていました。それがどれほどのプレッシャーだったかは、想像に余りあるほどです。彼は、ベートーヴェンの９つの交響曲を意識するあまり、交響曲や管弦楽曲を発表することにとても慎重になっていました。
作曲を決意してから練りに練った構想を五線譜に置き換えてみたものの、いつもの完璧主義が邪魔をして一向に進捗する様子はありませんでした。しかし、ボツになったフレーズが他の曲に流用され、はからずも『ピアノ協奏曲第１番　ニ短調』になったり『≪ドイツ・レクイエム≫』として実を結んだりなど、他の特筆すべき作品の一部に還元されました。怪我の功名とも言い換えることができるかもしれません。
また、当時の高名な指揮者ハンス・フォン・ビューローに宛てた手紙には「ベートーヴェンという巨人が背後から行進して来るのを聞くと、とても交響曲を書く気にはならない」と書き記されています。ブラームスにとってベートーヴェンの存在がどれほどまでに大きかったのかを如実に物語っています。そして、その葛藤と苦しみがようやく作品という形を借りて一つに凝縮されたのが、この『交響曲第１番　ハ短調』になります。クラシック史上最も待ち望まれた交響曲でした。

ベートーヴェンの交響曲第10番

最も待ち望まれたこの交響曲ですが、親交のあった指揮者のハンス・フォン・ビューローから「ベートーヴェンの交響曲第10番だ」と評されました。ブラームスはそこでようやくベートーヴェンの呪縛から解放されたといってもいいかもしれません。

ハンス「お疲れさま、ブラームス、よく頑張った」
ブラー「ありがとな」
ハンス「今度、この曲、俺が振るよ」
ブラー「ああ、そうか、頼んだ」
ハンス「この曲は間違いない。ベートーヴェンの交響曲第10番だ」
ブラー「やめろって。大げさだ」
ハンス「いや、俺は何度だって言うぜ。この曲でお前はいよいよ達成したんだ。あのベートーヴェンと肩を並べた。そうだろ？」
ブラー「言い過ぎだ。そういうのやめろって。こっぱずかしいんだ」
ハンス「そうか、わるかった、やめるよ」
ブラー「（え、、もうやめちゃうの？）」

『交響曲第1番　ハ短調』は全四楽章から成っています。
ティンパニの連打がとても印象的な冒頭からこの曲は始まります。終始、重々しい足取りで曲が進んでいきますが、ブラームスの苦悩を体現しているようで鬼気迫ってくるものがあります。
第二楽章は打って変わり少しセンチメンタルで、優しい味わいに変わります。ヴァイオリンとオーボエとホルンのソロがさらにこの曲の美しさに華を添え、なだらかな傾斜を下るようにしてこの第二楽章は幕を閉じます。
第三楽章では、どこか牧歌的で長閑な印象を与えます。あらゆる傷跡に施しを授けていくような木管楽器の丸みを帯びた音色が堪能できます。短い章ですが、とてもあの苦悶の果てにいた彼が書いたとは思えない温かさです。
第四楽章、いよいよフィナーレへと向かっていきます。出だしは仰々しい様子ですが、徐々にホルンが曲の顔色を明るくしていきます。そして、ベートーヴェンの交響曲第九番を意識したフレーズを用いたりなど、偉大なる先人への敬愛をここでも忍ばせます。そして曲は楽器の特徴をうまく掴んで、さらに回転速度を上げて高揚していきます。そして、これまでの思いの丈が記された五線譜をオーケストラが代弁していきます。そこにはブラームスの切迫があり、灯火があり、そして達成があります。そして、残像をくっきりと浮かび上がらせたまま、最後の一音を押し切って曲は幕をおろします。

まとめ

今回はブラームスの『交響組曲第１番　ハ短調』を取り上げました。ちなみこのハ短調ですが≪運命≫の名で知られているベートーヴェンの『交響曲第五番　ハ短調』を意識したといわれています。楽器の編成もピッコロを欠いてホルンを用いたことを除けばすべて一致しています。
彼の音楽家人生はベートーヴェンの影に追われていたといっても過言ではありません。偉大なる先人の後継者という肩書のせいで息が詰まる場面が幾度あったことでしょうか。心がへの字に折り曲げられてしまったことが何度あったことでしょうか。それでも、彼はやり遂げました。その真髄をぜひ聴いて下さい。この曲は決してベートーヴェンの交響曲第10番ではありません。唯一無二のブラームスの交響曲第１番です。