何が推しは推せる時に推せ、だ。


一番尊敬している先輩が死んだ。自殺だった。


僕が25歳で、先輩は28歳の時だった。

先輩は死ぬ直前、僕に電話をかけてた。
数年ぶりにご飯でも食べないかと誘われた。

僕は、断った。

当時、会社を立ち上げたばかりで軌道に乗っていなくて、合わせる顔が無かった。
何者でも無い僕は、情けなくて、合わせる顔がなかった。

今は、もう、本当に合わせる顔がない。

今も、僕は、何者でもない。

おっぱいを隠すな。自分を曝け出してみろ。


先輩は、控えめに言えば、クソ野郎だった。

高校時代、僕が付き合った女の子と「キスしちゃった」と問題を起こしたし、夜中に呼び出されたと思ったら高校に不法侵入して深夜の教室でギターで曲を作ったり。
社会人になりたての時に、僕が好きな女の子は先輩の事を好きだったし、当時先輩は結婚、離婚してたからもうなんと言うか不倫かどうかみたいな話だった。

先輩は本当に、クソだった。

彼はギターで弾き語りをしていた。
本人がお客さんを集める気が無いから、ライブハウスはガラガラだったけど、出演するたびに、お客さんから出演者まで、誰もが「あいつはやばい、すごい。」と口を揃えて言った。

ある日の彼のライブを見に行った。

彼の集めたお客さんは僕だけだったし、ガラガラだった。
多分合計でお客さんは10人もいなかったと思う。
売れてないアーティスト達のライブなんてこんなもんだ。


ステージに上がるなり彼は言った。
「いやー今日何歌うか決めて無いんですよねぇ……!お客さんも1人しか呼んで無くて!!ハハッww」

「あ、そうそう、寂しいからね、友達を連れてきました。」

そういうと、ステージ小脇から、クタクタになって色褪せたセサミストリートのカエル、カーミットの人形を持ってきた。

実際はもっとクタクタで、ちょっと色褪せてたけど、コレ。

「僕の友達です、赤ちゃんの時から一緒なんです、かわいいでしょ」

″彼″を椅子の上に座らせると、

「はい、じゃあ彼と、たった1人の僕のお客さんの為だけに歌います。もし興味ある人は手をあげてください、あなたのために歌います。テーマをくれれば即興で曲にします。」

そして僕を指さして言った。

「その彼ね、僕のお客さん。彼、すっごいおっぱいが好きなんですよ、ははwww」

ライブハウスのスタッフさんと、知らないお客さんが爆笑してた、僕にとって最悪である。

「僕はね、お尻も好きですけどwww」
「まずは彼に、おっぱいをテーマに歌いますか。」

彼はそういうとギターを構えた。
照明が変わって、なんだか空気も変わった。

激しいギターストロークから、彼は絞り出すように、歌った。

「おっぱいを隠すな、自分を曝け出してみろ」
「弱い自分を覆い隠すな、裸になってみろ」
「自分を隠すな」
「おっぱいを、隠すな!!!」

彼が歌いきるとライブハウスがしんとした。

多分、全員が打ちのめされたと思う。
多分全員が、小さく拍手をした。

「いやまぁおっぱい隠した方がエロい気もしますけどねwww」
彼がそういうと、空気が弛緩した。

それから、お題を受けて即興で彼は歌った。

テーマが電話の時は
「声がするのに繋がれた気持ちになれないのはなんでだ」
「それでも誰かと繋がりたいのはなんでだ」

と歌った。

最後に彼は自分のオリジナル曲を歌った。

「真っ白」

僕はこの曲が大好きだった。

誰もいない大きなお城に魔女が住んでました
独りぼっちだから鏡の自分にずっと話しかけてました
いつの間にか自分が世界の中心で
そうしないと自分が押しつぶされそうだった

それで正しいんです。
だって寂しいじゃん。
毒リンゴだって食べさせたくはなるわなぁ。

彼は幼い時からいつも誰かに罵られて
必要がないのだと思っていました
だから
大人になって傷つけたかった誰でもいいから
自分はここにいるぞって言いたかった
それで正しいんですだって寂しいじゃん
狼がきたぞって叫んでいいんだよ

眠れない日々が続いていく
このまま夜が続くと思って怖くなったんだ
そんな夜を超えて大人になるのが
ホントは怖いんだ

母に叱られて抱きしめられて
これを求めていたのだ と
気がついたんだ

その時溢れた涙がいつか
他の誰かのものになればいいのに
他の誰かのために

僕がここにいた事
覚えていてほしいんだ
優しい人間になればいいのかな

僕がここにいた事
覚えていてほしいんだ
真っ白な人間になりたいな
誰が悪いとかじゃなくて

みんないたか?
みんないた

真っ白/行司光


僕は毎回ライブの度に泣いてたと思う。

先輩は本当にどうしようもないやつだった。

僕は先輩のことを、忘れられずにいる。

一番好きなコーヒー豆専門店が閉店した。

コーヒーを嗜んでいるなんていうと聞こえがいいが、
毎日飲んでいる。

近所のコーヒー店で豆を買うのが毎月決まった恒例行事だった。

マスターはビートルズが好きな穏やかな方だった。

僕が「コーヒーはやっぱりマシンじゃなくて手挽きのほうがいいんですかね?」と尋ねたことがあった。
コーヒー豆の専門店のマスターだ、オタクなわけだ。

「そうなんですよ、やっぱり手挽きですよ!」みたいなオタクの話を聞きたかったのだ。

マスターはコーヒーの香りみたいに ふわっと笑うと、
「どちらでもいいと思いますよ。」といった。
「コーヒーはあくまでも嗜好品ですから、お好きなように楽しんでいただければいいと思います。」といった。

その懐の広さにいたく感銘を受けて、毎月通うようになっていた。

そのコーヒー専門店が閉店となった。

コーヒー豆の高騰、物価高で経営が厳しくなったそうだ。

マスターにお礼を伝えて、残りの在庫を買えるだけ買った。

最後にマスターは深々と頭を下げて、ありがとうございましたと僕に言った。

僕の胸にコーヒーのような苦さと、暖かさが残った。

嘘つきめ。

それからしばらくして、アマゾンでそれなりのコーヒーを買って驚いた。

マスターのコーヒー豆と違って、豆が欠けたりしている。

味は好みもあるだろうが、なんとも、物足りさなさを感じる。

そういえば、マスターは「豆を炒った後も選別をしてる」なんて言ってたっけ。

何が コーヒーは好きに楽しめばいい、だ。

マスター、僕はあなたの豆でコーヒーを飲みたいよ。
これじゃあ 僕は楽しめないよ。


もしあなたが。

もし、あなたが、好きな人や好きなものがあるなら。
どうか、好きだって伝えて見てほしい。

僕は根暗だから、時々どうしようもなく、苦しくなる。

もう伝えられなくなった、行き場のない好きが、
僕の胸に刺さり続けている。



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