短編小説『あなたみたいになりたかった』

目が覚めた。
いつも休日は昼まで寝てるのに、今日は目が覚めてしまった。

なんでなんだろう。

そう思いたかったけれど、理由は自分でもわかっていた。

夢を見たから。

私のなりたかった人の夢を。

「舞?起きてる?」

私は電話越しに答える。

「うん。今から行く」

「遅いじゃん!大丈夫?」

翔太はからかうように笑った。

「ごめんね!急ぐ!」

そう言ってわたしは電話を切った。

これが、昨日の夢の始まり。

その日、私は翔太と江ノ島に向かった。

翔太は海が好きな人だった。

サーフィンをするわけでもないし、ましてやビーチでナンパをするわけでもない。

ただ、海を眺めるのが好きだった。

私はそんな彼を夢中で見つめていた。

海の前でただ風を浴びる。
それにどんな意味があるのか、私にはわからなかった。

ただ私は、翔太の顔の綺麗さだったり、表情の良さを、ただただ感じていた。
それだけで十分だった。

でも今なら、少しわかる気がする。

海は広くて、すべてを受け止めてくれる。

その事実が、人をいくらでも救ってくれる。

あの時の私には、そのことがわからなかった。
翔太がいれば世界は平和。
本気でそう思っていたのかもしれない。

「綺麗だね、海」

私は翔太に言った。

「舞と見に来れてよかった」

翔太はそれだけ言って、海をまっすぐに見つめ続けていた。

ふと、我に帰る。
私はまだベッドから出られない。

夢ような記憶のような、不思議な夢だった。

知らないだけで、語らないだけで、きっと多くの人間が、こんな朝を迎えている。

そう客観的に捉えることでしか、私は自分を好きになれないと思った。
  

今この瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、あの時の翔太の顔。

「わかった」

翔太はそう告げた。
私は気が抜ける思いがした。

「え?いいの?」

「うん。よろしくね」

私が翔太に思いを伝えた日。
世界が変わった日。

次の日の朝目覚めて、「おはよう」ってメッセージを見た。

ひとりじゃないってわかった。

だからわたしは、いまでもずっと。

ああ、ダメじゃん。
早く起きて、コーヒーを飲もう。

私は勢いをつけて、ベッドから離れた。

そのままキッチンへ向かい、やかんを火にかける。

私と翔太はその後、あっけなく別れた。
お互いに若すぎたし、合わないところもあったのだろう。

意外にも辛くはなくて、私は私なりの毎日をゆっくりと過ごしていた気がする。

結局のところ、人間はいつも1人だ。
その事実だけはきっと変わらない。

マグカップを棚から取り出す。

そうか。
コーヒーをブラックで飲むようになったのは、翔太の影響だったっけ。

はじめは苦くて嫌だったけど、翔太の好きなものは自分も好きでいたくて、なんとかして慣れようとしていた。

別にそこまですることなかったのに。

ブラックコーヒーに慣れるくらいじゃ、何も変わらないのに。

きっとそんなこと、わかっていたはずなのに。

私は火を止めた。

目覚める必要なんてない。

ブラックコーヒーなんて、飲まなくていい。
私はとっくに目覚めてるんだから。

そんなことを思う。

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