【本要約】苦しかった時の話をしようか


就職における不正解とは

就活における不正解とは、自分にとって決定的に向いていない仕事についてしまうことである。
自分にとって決定的に向いていない仕事とは、以下の両方に当てはまる仕事である。

・自分の特徴が裏目に出る
・自分にとって情熱がどうしても湧いてこない
この2つは大抵連鎖して起こる。

自分の特徴が裏目に出る仕事とは、自分のいくつかの特徴決を定的な弱みとして際立たせ、強みとしてはなかなか発揮できない文脈だということだ。
そういう仕事では結果的に強みが発揮できないので成果が上がらず、達成感も得られなければ評価も低い。
したがって情熱はどんどん枯れてしまう。

不正解を掴んでしまう理由

では、どうして不正解をつかんでしまうのか?もしも決定的に向いていないと分かっていたのなら、そもそも最初からそんな会社を受ける選択自体をしない。
つまり典型的な不正解パターンは、「やってみてから自分に向いていないことに気がつく」というものだ。

「こんな会社だとは思わなかった」と言う人の真相を突き止めると、こんなはずではなかったのは会社ではなく自分自身であることが多いのだ。
不正解をつかんだ原因の大半は自己分析不足に起因している。
自己分析さえしっかりやっておけば大半の不幸は回避できる。そして本命の企業分析もしっかりやれば、ほとんどの不幸は回避することができる。

年収を決める法則

君の年収を決めている大きなドライバーを紹介しよう。
(※本では3つ紹介されていますが、個人的に3つめは余計な気がするので割愛。詳しくは本でお確かめください)

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わかりやすく言うと、君が
「どのスキルを持って」
「どの業界の・どの会社に」
就職するかを選んだ時点で、将来における君の年収はほぼ自動的に決まっていることになる。

スキルの価値

最初のドライバーはその人のスキルの価値である。
モノの値段が決まる時と同様に、人の持っているスキルに対する需要と供給で年収が決まる。

需要が増えれば価格は上がり、供給が増えれば価格は下がる。
営業スキル、マーケティングスキル、法務スキル、経理スキル、それらのスキルの需要が大きく供給がレアであればあるほど年収は高くなる。

したがって自分の給料が上がらないのは自分のスキルのレア度が上がっていないことに起因している。
似たようなことを繰り返し、慣れてきて仕事が早くなっていたとしても、1年前の自分と比べて顕著に何か新しいことができるようになったかを考えてみればよい。己のスキルの研磨を怠ってはならない。

業界の構造

2つ目のドライバーは所属する業界の構造だ。
同じスキルでも産業業界の構造によってたくさんの給料を払える場合とそうでない場合がある

それは、経営者が自由に決められるように見えて実は自由にはならない要素がたくさんあるからだ。

払える人件費にはその業界特有の構造的な限界がある。儲かっている業界や企業の方が年収は高くなり、そうでない場合は低くなる。

例えばカレー屋の大将の年収は大体同じ。喫茶店のマスターの年収も大体同じ。八百屋の大将の年収も大体同じ。
ケーキ屋もたこ焼き屋も弁護士も銀行員も、同業者は大体似たような年収に集約されていく。

この「個人のスキル×業界の構造で年収が決まる」や、後述の「自分のありたい状態からキャリアの目的を考えよう」という指摘に関しては、北野唯我さんの著書「転職の思考法」においても同様の主張がされています。

キャリアの目的を発見する方法

オススメは具体的な「コト」から発想するのではなく「どんな状態であれば自分がハッピーだろうか?」という理想の「状態」から発想することである。

例えば、何から考えたら良いかよくわからなくて何をしたいかもさっぱりわからない人がいたとする。
この困っている人が「自分は何のスキルを極めたいのか?」と自問自答してもきっと辛いだけだ。

彼はそこから考えるのではなく、まずは「自分はどんな状態になっていたらハッピーなのか?」を考えてみるべきなのだ。
自分の理想状態を明確に意識してから、その理想状態を実現するために必要な具体的な事は何かを発想していく。この順番が大事である。

自分の強みを見つける方法

大量のポストイットとペンを用意して自分が今まで好きだったことを書き出してみよう。
ただし「バッグが好き」とか「キウイが好き」とかそういう名詞は必要ない。必要なのは動詞である。

ポストイット一枚に対して動詞を一つ。
最低50個、できれば100個ぐらい、書き出してみる。あまり深く考えてはいけない。自分が好きなことをとにかく動詞で表現するのである。
動詞を50個以上書き出したら、基礎能力の3分類「T、C、L」に沿って仕分けしていこう。

この3つはどんな仕事においても重要なビジネスパーソンとしての基礎能力として分類されている。そうすることによって自分の強みを理解できる。

基礎能力の3分類「T、C、L」


T:Thinking

好きなこと
考えること、問題を解くこと、人と議論をすること、勝つための作戦を考えること、計算すること、研究すること、分析すること、知ること、予想を当てること
特徴的な趣味
戦略型ゲーム、将棋、チェス、囲碁、読書、プログラミング
向いている職種
ファイナンス、コンサルタント、研究職、アナリスト、マーケティング

C:Communication

好きなこと
友達が増えること、人と会うこと、話すこと、話を聞くこと、SNSで人とつながること、人が集まるところに参加すること、人に人を紹介すること
特徴的な趣味
SNS、パーティー、ゴルフ、旅行などのイベント、ファッション
向いている職種
プロデューサー業、営業職、広報、広告代理店、ジャーナリスト、政治家

L:Leadership

好きなこと
何かを達成すること、目的を定めて挑戦すること、仕切ること、変化を起こすこと、自分で決めること、人を引っ張っていくこと、責任ある役割を担うこと、人の世話を焼くこと
特徴的な趣味
ランニング、ジム通い、トライアスロン、ストイックなもの
向いている職種
管理職、経営者、プロジェクトマネージャー、プロデューサー、研究開発リーダー

人はどういう時に最も苦しいのか

人はどういう時に最も苦しいのか?それは働いて働いて、死ぬほど忙しい時では決してない。会社や上司が周囲の評価が厳しい時も、辛いのは間違いないけれども、それも最も苦しい時とはいえない。

人が最も苦しいのは、自己評価が極端に低くなっている時である。自分自身で自分の存在価値を疑う状況に追い込まれた時である。

周囲の低評価も自分で自分を疑い始める導入に過ぎない。
自分の価値を強く疑うとき人は臆病になり行動できなくなる。

ガソリンのない車が動かないように、最低限の自信がないと人間は動けない。周囲と比較して自分ができないことが積み重なると、劣等感がどんどんハイライトされてくる。

理想とのギャップから徐々に重くなってくる焦燥感や、周囲の期待に答えられない時に感じる冷たい無力感。
これらは自己肯定感を容赦なくどんどん削ってくる。

もしキャリアの途中で挫折を感じたり惨めな気持ちになったりした時は、きっと何とかなるということを忘れないでほしい。どんな人であっても平坦な道ばかり歩んでいるわけではない。一人一人がそれぞれの苦しさと向き合って、それでも何とか生きていること、そしてたいていの人がちゃんとハッピーになれていることを忘れてはいけない。

社会人デビューについて

社会人になったとき戸惑うのは当然
社会人デビュー直後は、自分が相対的に1番できない人間に感じられる。それは誰にとっても避けられないことである。冷静に見るとそれは当然のことだ。同じような採用基準で一定のレベルに到達していると判断された、自分と同程度の能力あるいはそれ以上のピカピカの人材が集まって
母集団を形成しているのである。

それまでの人生で「できる人間」だと思っていた自己イメージが、新しい集団の中で1番「できない人間」になることは大変な苦痛だ。
高偏差値の学校を勝ち抜いてきた秀才の人であればあるほど戸惑いは大きいだろう。社会人になったときに潰れないためには最初から方の力を抜いて、最後尾からスタートする自分をあらかじめイメージしておくべきだ。

そこから本当の実力を積み重ねられる自分であるかどうか。
つまり今日の自分は何をどう学んで昨日より賢くなったのか、その1点を考えれば良い。

「できない自分」ではなく「成長する自分」として、自分だけは自分自身を大いに認めてあげて欲しい。
そうすれば苦しくても、心が壊れる前にきっと実力が追いついてくるだろう。

迷った時は厳しい方を取れ

人間の脳は楽な方がよく見えるように常にバイアスをかけている。だから迷ったらハードな道が正解だ。

不安と付き合う

心の中の不安に住民権を与えて、不安の居場所を認めてあげよう。挑戦している証拠だと喜ぼう。不安で良いのだから。そうやって適度な不安と常に共存する人生こそが成長し続ける人生であり、君が他の誰でもない立派な君になるための人生だ。

君が君を磨き続ける限りにおいて、不安が一生消えることはない。しかし不安には慣れることができるし、すぐに少々のことでは不安に感じなくなっていく。

成長に伴って自信がついていくから、昔は不安だったことが全く問題にすら感じなくなる。
この「不安の居場所を認めてあげよう」という指摘に関しては、ラス・ハリスさんの著書「幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない」においても同様の主張がされています。

仲間について

君にはいつか必ず仲間ができるのだから、広く薄く錯覚でつながる友達なんかいらない。友達がいないとかできないとか、うまくいかないとか、そんなことにこだわらなくてもいいのだ。もちろん利害を超越した親しい友人は大切にした方が良い。しかしそういう友人ができないからといって気に病む必要は一切ない。

結局全ての人は己が主人公の人生をそれぞれ生きている。そうあるべきだからだ。
一生懸命お互いに気を遣って友達ごっこをしても、そもそも目的が違うのに利害を調整するなんて最初から意味がないのだ。
無理に合わせていても、目的がバラバラだからストレスが溜まる割には時間も空間もわずかしか共有できない。

友達とは、長く続くキャリアや人生は旅を共有できないのだ。そんなことに気を煩わせる暇があるならば、むしろ早く君は自分のやりたいことを探してそれに夢中になれ!
目的を追求するなら君にもいつかきっと、手を取り合って同じ目的に向かう本当の仲間ができるだろう。


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