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デザイン雑談:ソビエトロケットの形態論(2)球体への偏愛

ボストーク宇宙船について:
 ボストークやソユーズといった宇宙船の形態は、長い間秘密であった。当時小学生の僕は、アメリカのマーキュリー計画やジェミニ計画のいわゆる円錐形のいかにもロケットらしい形を想像していたので、その球形のデザインが公表されたときは本当に驚いた。

製作中のボストーク


 ボストーク宇宙船は直径2.3メートルの本体の下部に、小さな球形の窒素、酸素ボトルが周囲を取り巻いてその下に円錐形の逆噴射エンジンがついている。構成は機能をそのまま表現して、とてもキュートで、しかもなにか本源的なかんじがする。人間が最初に宇宙空間に対峙するカプセル=シェルターは、やはり、第一形態である球体空間しかないのではないかと思わせる説得力が、ボストークのデザインにはある。

ボストークとR-7ロケット:宇宙飛行士は当時ジェット戦闘機用に開発された射出シートに座っている。海に着水できるアメリカの宇宙船とちがって、ボストークは地上帰還時には飛行士は上空で射出されてカプセルとは別に降りてきた。その時にあるものをすべて活用する技術。 そのあとは地上到達寸前に逆噴射で衝撃緩和できるようになったので射出シートは不要になった。


 当初は大気圏再突入時減速のための揚力を発生させるために、ソユーズのような釣り鐘型やアポロのような円錐型も検討されたが、結局、10Gまで人間が耐えられることがわかったので、最小材料で最大容積がとれ、熱膨張収縮のストレスを抑えるためのシンプルな球体が採用されたというのが実際の理由だが、ここでは美学あるいはデザインの「倫理」としてのmorphology形態論を語りたい。
 まるで母胎の中の胎児のようにうずくまるボストークの飛行士は、錬金術師のフラスコの中での人造人間ホムンクルスのように、宇宙空間において新たな生命体として覚醒するということだろうか。

 大小の球体と円錐という、各機能をそのまま表現した基本形態のむき出しの接合という構成は、ロシアの宇宙探査機における基本的な原則である。
ルナ16号:
 一例として、1970年9月に、月面から岩石を地球に持ち帰ったルナ16号というサンプルリターン機をみてみよう。月に軟着陸するための基壇と、地表を掘るドリルのアーム、地球への帰還部分のエンジンと、最終的に大気圏突入する球体カプセルなど、すべての機能がそのまま表現されている潔い美しさがここにある。

ルナ16号の立面:基壇部分が軟着陸用のエンジン。上部が地球帰還用のエンジン。最上部の球形がドリルアームによって採取された岩石を格納し地球の大気圏に突入して帰還するカプセル。実は失敗したその前のルナ15号はアポロ11号に同じ日!に月面着陸を計画していた。人間の月到達をあきらめたソ連がせめて月の石だけは無人で安全に持ち帰ることを意図したのであった。


 ボストークなどにみられる球体への偏愛、R-7ロケットの円筒のクラスターというソビエトのロケットの特徴的な形態は、玉ネギのドームが林立するロシア正教の教会をぼくに想起させる。ロシア人の潜在的無意識における形態論があるとすれば、ソビエトロケットの形態は、まさに宗教的なアイコンとしても、ロシア人の心情の琴線をひそかに震わせ続けてきたのではないだろうか。

ロシア正教の教会。このごちゃごちゃした感じと頂部の玉ねぎの球体はソビエトのロケットを想起させないだろうか。


 ロシア正教は19世紀末に一種の宗教ルネッサンスを経て、「ロシア宇宙主義(コスミズム)」の潮流を生み出した。それはコミュニズム、ボルシェビキズムと微妙にかかわりつつ、ツィオルコフスキーの壮大な宇宙征服の幻想を生み出し、まさにロシア宇宙開発の根底のエートスを醸成したともいえるのだが、それについては次回に語ってみたい。
 

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