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【原神】難読漢字の旅 〜魈・霓裳花〜

はじめに

 この記事では、難読漢字の養成学校である璃月における人名・特産物名から、それぞれの中で最も難しいと私が独断と気分で判断した「魈(しょう)」と「霓裳花(げいしょうばな)」について取り上げ、その意味について掘り下げていきます。

 これまでの記事でも述べましたが、原神には字形が複雑で日常的に見ることのない、いわゆる難読漢字と呼ばれるものが、特に固有名詞に多く存在します。またそれとは別に、漢字は簡単でも意味が取りにくいものも同じく存在しますが、今回は前者に焦点を当てていきます。

 普段何気なく見ているキャラ名やアイテム名について、少し奥を覗いてみようというのがこの記事の趣旨です。先も言いましたが、原神では固有名詞にこれが多く、読めることでとりあえずは話して伝えることができるので、わざわざ意味合いまで調べようという方は少ないのではないか、と思ったのが執筆の動機です。

【更新】2022/10/23 一部文言を修正しました。

 このイケメンはプレイアブルキャラの中で字が最も難しく、他のキャラに比べて、字面で一際異彩を放っています。どういう意味でしょうか。どうせならより正確なニュアンスを把握するため、中国の資料で調べてみましょう。今回引くのは、清(しん)の時代に編集された『康熙字典(こうきじてん)』です。この字書は、康熙帝(こうきてい)という皇帝がじきじきに命令を出して作らせたものです。

 「中國哲學書電子化計劃(ちゅうごくてつがくしょでんしかけいかく)」という、中国の書物の文言を電子データで閲覧できるサイトがあります。そこで『康熙字典』内の「魈」の項目を調べると次のように書かれています。

中國哲學書電子化計劃(漢代之後 -> 清代 -> 康熙字典 -> 鬼部 -> 七)

 意味について記載されているのは、二行目の「山魈出汀州,獨足鬼。」の箇所と、三〜五行目の「山精,形如小兒,獨足向後,夜喜犯人,名曰魈。呼其名,則不能犯也。」の箇所ですが、詳しく記載されている後者の方を見ていきましょう。読み下すと以下のようになります。

山の精、形は小兒(しょうじ)の如く、獨足(どくそく)後ろに向かい、夜に人を犯すを喜(この)み、名を魈と
曰(い)う。其(そ)の名を呼べば、則(すなわ)ち犯す能(あた)わざるなり。

 要するに、「山の精で、子供のような外見で、後ろに向いた一本足で立っていて、夜に人に害を加えるのを好む。名前を呼んでやれば、害を与えることができなくなる。」ということです。二行目にあった「山魈(さんしょう)」も同じものを指します。山魈の語は後でまた出てくるので覚えておいて下さい。ただの不審者じゃんという感想が出ますが、つまるところ山中に住む妖怪・もののけの類です。日本語では「すだま」と呼ばれます。

 念のため日本の辞書でも調べてみましょう。漢和辞典『漢字源』で「魈」の字を調べると、以下のように書かれています。

すだま。山の精。一本足で、人間の子供に似た姿をしている。夜出てきて人に害を加えるが、その名を呼ぶと害を避けることができるという。
『漢字源』改訂 第五版 1817頁

 ほぼ同じ意味ですね。漢字自体の意味が分かったところで、次になぜこの字が彼の名前になっているのかというところに話を移します。多くの方がもう忘れているかもしれませんが、実は公式が以下のページで魈の誕生秘話を述べています。

開発者共研計画——キャラクター編01

長いので関係箇所だけ抜粋します。魈が三眼五顕仙人(さんがんごけんせんにん=仙人の美称)であることと、璃月では「人間」と「人ならざる仙人」とがはっきりと区別されていることを述べた後の部分です。

中国古来の伝説および明清の神魔小説において、「三眼五顕」は往々にして華光天王を指します。「華光天王」は、またの名を「馬霊官」とも呼ばれ、有名な護法神と守護神として『南遊記』のストーリーでは孫悟空と拳を交わしたことがある者です。また一部の民俗研究では、五顕神と山の妖魔である五通神(山魈など)を関連付ける研究も先例としてあります。
 
結果、最も奥深くにあり、かつ根源となる核に基づき、私たちは「魈」と言う名と、彼に護法仙人という役割を与えました。「魈」は過去を隠す名前であると同時に、もっと深層の、魂と呼べるような内面を反映しています。魈の設定にある変遷と文化的な部分は、すべてこの点から設定されていきました。
開発者共研計画——キャラクター編01 より

 どうやら三眼五顕という語は、ゲーム内の造語というわけではなく、実際の伝説や小説に登場する語らしいですね。全体的に何やら小難しいことが書いてありますが、まとめると、魈の身分である三眼五顕仙人について、そのおおもとである五顕神という概念と、山の妖魔をいう五通神(前述の山魈はこれに含まれる)とを関連づける民俗学の先行研究があり、そこから着想を得たということです。

 魈という漢字には先ほどから見てきたように、「山に住む人ならざるもの」という根底のイメージを見出すことができます。公式が「最も奥深くにあり、かつ根源となる核」と語るのはまさにその根底のイメージであり、キャラクターのそれと合致するのが「魈」という漢字だったということでしょう。

 一応、魈という漢字の成り立ちを説明しておくと、典型的な形声文字(けいせいもじ)で、意味を表す「鬼」と、音を表す「肖(しょう)」からできています。形声文字とはこのように、意味を表す部分と音を表す部分とで成り立っている漢字を指します。中国で「鬼」は死者の霊を指しますが、漢字に組み込まれる場合は、「人でないもの・異形のもの」の意味合いが強いです。「肖」は「しょう」という音を表す発音記号的な役割で、有名な熟語では肖像(しょうぞう)がありますね。

 ここから少し妄想します。ここまで皆さんと一緒に魈の意味を調べてきましたが、その中で二点気になる記述がありました。それは「形如小兒(子どものような見た目)」と「呼其名(その名を呼べば)」です。

 魈はご存知の通り少年の姿をしています。またストーリーの中で「我の名を呼べ」と、たびたび名前を呼ぶことを強調します。もしかすると、それらの記述から部分的に要素を取り出したのかもしれませんね。以上妄想でした。

霓裳花

 特産物ではこの花が群を抜いているでしょう。「霓裳」という難読漢字が入っています。「霓」は虹という意味で、虹と合わせて虹霓(こうげい)という熟語もあったりします。「裳」は衣類の一種で、現代でいうスカートに当たります。つまり「霓裳」とは、虹のようにきらびやかなスカート、という意味です。

※説明文中の「霓雲(げいうん)」は彩雲の意。

 もう少し掘り下げましょう。紀元前に成立したとされる中国の古典『楚辞(そじ)』の中で以下の一節があります。

靑雲衣兮白霓裳、擧長矢兮射天狼
『楚辞』九歌・東君

 これは東君(とうくん)という太陽の神様を祀る祭儀で歌われたとされる歌の一部ですが、前半の「青い雲の衣、白い霓(にじ)の裳(も)」というのは、この東君の服装を言っています。そして「霓裳」の語を他の媒体で調べると、以下のように出てきます。

にじのように美しく曳くもすそ。天人の衣。
『広辞苑』第六版
指仙人所穿的服装。(訳:仙人が着る服装を指す)
「漢典」(中国のサイト) https://www.zdic.net/hans/霓裳

 このように、どちらかと言えば人間ではなく神仙の衣装というニュアンスがあります。璃月は仙人の国でもありますので、そこからの連想かもしれませんね。なので霓裳花は、仙女の衣装のような優雅さを思わせる花、という意味が込められているのでしょう。

 「霓」というと、最近実装された刻晴の新スキン「霓裾の舞(げいきょのまい)」を思い出しますね。ここまで読んだ方なら、その名称の意味合いが予測できることでしょう。私ももちろん割引期間中に購入しました。

おわりに

 言葉とは音と意味の結びつきのもとに成り立っています。どちらか一方だけであれば、それは単に「音声」とか「概念」と呼ばれることでしょう。言葉は目には見えません。だからその言葉を視覚化する手段として、「漢字」という目に見える文字があります。我々が漢字を見たとき、それは言葉という深層ではなく、表層にある記号を見ているに過ぎません。

 とりわけ難読漢字と呼ばれうるものは、それが難読であるがゆえに「読む」ことをゴールにしてしまいがちです。それと結びついている意味を理解してこそ、言葉を知るということになるでしょう。

 今回は「魈」と「霓裳花」を取り上げました。固有名詞といえど、今後これらの漢字を見ても、皆さんには「単なる読めるだけの記号」ではなく「言葉」として映るはずです。少しでもそれを実感し、楽しんでいただけたなら幸いです。

原神漢字研究所

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