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【原神】漢字の表記や読みについての考察

はじめに

 ご存知の通り原神は中国のゲームです。また、国際的にリリースされており、中国語以外に11ヶ国語に対応しています。そのため、漢字から各言語への翻訳作業、いわゆるローカライズが必要になりますが、この記事では日本語への翻訳に際しての、表記や読みの反映のされ方について、いくつか例を挙げながら見ていきたいと思います。
 ちなみに、サムネイルの画像は「煙緋法律家だし漢字強そう」とかいう安直な発想を基に、公式がつぶやいた絵を引っ張ってきたものです。

日本語における漢字の読み

 まず日本語における漢字音について、少し触れておきましょう。

 日本ではほとんどの漢字に音読み・訓読みの二通りの読み方があり、どちらで読むかによって語感や印象が大きく変わります。更にその音読みにも「呉音(ごおん)」や「漢音(かんおん)」等といった種類が存在します。原神において、使われている漢字自体はさほど難しくないのに読みにくいというケースは主にこれが原因です。なぜそんなにも種類があるのでしょうか。

 1000年以上も前のことですが、日本に漢字が伝わった時、もちろん字とともに音も伝わりましたが、音はもちろん中国の発音なので、日本人には発音しにくいわけです。そこで日本式の発音として、読みやすいように写しとったのが音読みです。英語で例えるなら、「apple(ǽpl)」を「アップル」とするような感じです。

 そして、先ほど音読みにも種類があると言いましたが、これは伝わった時代や地域の違いによるものです。唐代中期の長安方言を遣唐使が学んで持ち帰ったものが元とされているとされるのが漢音で、私たちが日常よく耳にするのはこの漢音です。そして漢音が入ってくる前から慣用されていたのが「呉音」です。なので呉音の方が時代的に古いです。つまり普段読んでいる漢字の音読みというのは、昔の中国の発音を反映したものです。

 次に訓読みですが、これはその漢字の意味に相当する日本語を当てはめて読んだものです。イメージでいうと「山という漢字が伝わってきた」→「この字の意味は我々でいうところの「やま」という言葉にあたるな」→「ならこの字をそのまま「やま」と読んじゃおう」的な感じです。英語の例で言うと、「apple」を「りんご」と読むような感覚です。そしてその「漢字の意味に相当する日本語」というのは、一つとは限りません。

読み方の選択肢

 例えば「弓蔵」という武器があります。これは「鳥尽弓蔵(ちょうじんきゅうぞう)」の故事から来ており、読みは「きゅうぞう」です。しかし初めて見たとき、我々には訓読みという選択肢ももちろん頭によぎります。弓は「ゆみ」、蔵は「くら」や「かくす」等です。なので「きゅうぞう」「ゆみくら」「ゆみかくし」といった具合で、多くの選択肢が生まれ、派閥争いが勃発します。

 原神の漢字が読めないという時、その漢字自体を知らないという場合と、知っているが正しい読み方が分からない場合に大別できますが、後者が多く分布しているように思います。しかし、「言語は伝われば勝ち」理論に基づけば、それはさほど大きな問題ではありません。問題は前者です。

容赦ない原文の暴力

 「日本は漢字使ってるから、これくらい平気っしょ」とでも言わんばかりに、一般人が見たこともないような、古典から引っ張ってきたような難字難語を、そのまま持ってくることがあります。これはそもそもこの手のゲームにおいて、平易な言葉だけでは世界観を表しきるのは難しいというのがあります。そこで「難語を使うことによる威厳性や未知性」を借りて、文学性を強くするのです。

それらの語が同じ漢字を使っている日本へそのまま表記されるのはある程度仕方ないことで、簡単にしようにも適切な変換語が見つからない、あるいはなるべく原文のニュアンスをそのまま伝えたいという運営の思いもあることでしょう。例えば「螭(ち)」等の固有名詞は、そのまま表記するしかありません。

 他にも、武器の「磐岩結緑(ばんがんけつろく)」や「和璞鳶(わはくえん)」の「結緑」「和璞」は『戦国策(せんごくさく)』という古典に出てくる玉石の固有名詞ですし、若陀龍王のBGM中の歌詞は『楚辞(そじ)』という古典を参考に作られたりしています。

 運営が読み仮名を振らないのは、漢字、つまり文字としての美観を損なうことに加え、この威厳性・未知性がそれにより取り除かれてしまうことを防ぐためと思われます。原神の漢字難しい、読めないという時は、それも世界観の一つと捉えるのも悪くないかもしれません。

行秋の例

 先ほど読みの選択肢が多いという話をしましたが、それは同時に語感の広さにも繋がります。
 璃月キャラクターの中で唯一、訓読みで実装された行秋(ゆくあき)ですが、なぜ彼だけ訓読みなのでしょうか。これについては憶測に過ぎませんが、訓読みにすることによって、やわらかい語感を持たせたかったからだと考えられます。

 例えば音読みで「こうしゅう」と読んだらどうでしょう。少しかたい印象を受けます。あるいは、「行」を呉音で読んで「ぎょうしゅう」としたらどうでしょう。何やらおごそかな雰囲気になってきました。呉音は仏教用語で用いられることが多いので、語感から僧侶を思い浮かべる人もいるかもしれません。

 このように、日本の発音とキャラクターの印象とを合わせるために、翻訳班が読み方を調節したものと考えることができます。また、訓読みにした際に、違和感なく人名として読めるというのも理由の一つでしょう。名前の最後が「あき」で終わるのも、日本ではよくあることです。他のキャラ、例えば「香菱」や「凝光」等を無理やり訓読みにしようとしても、違和感しか生まれません。香菱は「かびし」になりますし、凝光は「こりびかり」とかいうお米みたいな名前になります。

地名の例

 この音読み、訓読みの使い分けは地名にも如実に現れています。璃月の地名は、地理的な意味を持つ字(池とか海とか)を除けば、その30個弱にも及ぶ地名全てが音読みで読まれています。これは本国がモチーフとされているため、中国語発音に由来する音読みの方が雰囲気が出るからです。

 対して稲妻に入ると、一転して訓読みの割合が半数近くを占めます。荒海(あらうみ)や神無塚(かんなづか)等です。これは訓読みで読むことで、和語の色を強くしています。これらの読み分けは明らかに意識されており、それによって地域の特色を表現しています。
 次に発音の違いについて見ていきましょう。

チ虎魚の例

 原神には「チ虎魚(ちこざかな)」という魚が出てきますが、この違和感ありありの表記に一度は困惑したことがあろうかと思いますが、これには理由があります。次の画像は武器「チ虎魚の刀」のストーリーです。

 要するに、昔は「螭虎魚」だったのが、長い歴史の中でいつしか「チ虎魚」と呼ばれるようになったということです。図鑑の中の物産誌で見られる料理「チ虎魚焼き」の説明文にもおおむね同じことが書かれています。そして上の画像の原文が以下になります。

 日本版での「螭虎魚」はそのまま「螭虎魚」ですが、「チ虎魚」は「吃虎魚」になっていることが分かります。これらの対応関係は、他すべてのテキストにおいて例外はなく、意識して表記されています。

 中国語では「螭」と「吃」は「chī(チーのような音)」と読み、発音も声調(アクセント)も全く同じです。なので、元々「螭」だったのが、長い時を経たことにより、同音の「吃」が誤って当てられるようになってしまったということです。

 日本では「螭」の音読みは「ち」ですが、「吃」の音読みは「きつ」ですので、そのまま表記してはこの変化を再現できません。漢字音が違うことによる弊害が出ている例です。そこで「チ」とカタカナ書きで表記したわけです。これは翻訳を放棄したと捉えることもできますが、どっちかと言えば、中国での「元の漢字が忘れ去られ同音の別字が当てられるという現象」を、日本での「漢字を忘れてかな(カナ)書きする行為」に対応させたと考える方が自然です。これは表記文化を考慮した巧妙な翻訳と言えます。

誤字の例

 もちろん翻訳の際に誤字ることもあります。ただこれは単純なミスなので今回の趣旨には合いませんが、番外として一応載せます。

 神里綾華の伝説任務の中で、彼女の台詞に以下のものがあります。

 二行目に出てくる「頻繁(ひんぱん)」という言葉ですが、よく見ると「繁」が「繫」になっています。「つなぐ」という字です。両字は見た目はある程度似ていますが、音は日本でも中国でも全く異なります。なのでこの誤字は、キーボード変換によっては起こり得ません。恐らく漢字に堪能でない方が、IMEパッドのような字形から出力するタイプのものを使い、候補の中から似た見た目の別字を選んでしまったと思われる例です。ちなみにこの誤字は、旅行日誌でテキストを確認したところ、修正されていました。

 字形の類似性に起因する誤字は他にもあります。以下はある調度品の画像(原文)です。

これの日本版が以下のものです。

お分かりでしょうか。「金璧」の部分が「金壁」になっています。「壁」と「璧」は字形はかなり似ていますが、下がそれぞれ「土」と「玉」で、意味は壁が「かべ」、璧が「ドーナツ型の玉(ぎょく)」であって、全く異なっていますので、混同してはいけません。日本においても、「完璧」を「完壁」と表記しているのをたまに見かけます。ちなみにこの誤字も、現在修正されています。(流石miHoYo)

まとめ

 以上の例から分かるように運営は、時には読み方の選択肢を語感の多様性へと繋げ、またある時には字音の違いによる弊害を綺麗にいなしたりと、かなり翻訳が洗練されているように思います。これからも優秀なスタッフ陣営に感謝してプレイしたいものです。
 雑感を交えつつ駄文を連ねてきましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

原神漢字研究所

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