原神命名考察「申鶴」
申鶴は原神に登場するキャラクターで、留雲借風真君の弟子です。この記事では彼女の名前について、その由来を探っていきたいと思います。
はじめに「申鶴」は「名前」なのか、それとも「苗字+名前」の構成なのかということを確認しておきましょう。魔神任務間章で見れる、彼女の父が書いたノートでは「申鶴」ではなく「鶴」と呼ばれています。
原文では「阿鶴」となっており、「阿」というのは呼び名の前につけることで親しみを示す表現です。そのため「鶴」は下の名前である可能性が高いですが、苗字は不明です。
また、「苗字+名前」のキャラクターは英版において、間にスペースが空けられるという法則があります。プレイアブルキャラの中で「苗字+名前」であることが確定している胡桃と雲菫は、どちらもスペースを空けて表記されます。
対してそうでない璃月キャラは、全てスペースを空けずに表記されます。肝心の申鶴はというと、Shenheと表記され、スペースは見られません。
故に「申鶴」は「名前」でしょう。次にそれぞれの漢字について見ていきます。
「鶴」は直感的に分かりやすいと思います。彼女の衣装や全体的な配色は、まさに鶴の優雅さ・気品の溢れるさまを象徴していることが容易に伺えます。また、師匠である留雲が鶴の姿をしていることとも関連するでしょう。
中国の道教に関する説話集『列仙伝』の中に、太子晋という人物が仙人となり、白い鶴に乗って去ったという故事があったり、詩人崔顥が、漢詩「黄鶴楼」の冒頭で「昔人已乗黄鶴去 此地空餘黄鶴楼(昔の伝説の中の仙人は黄色い鶴に乗って去ってしまい、今、この地には、その伝説を伝える黄鶴楼だけがとり残されたようにあるばかり。)」と書き連ねていたりと、鶴は古来より長寿の象徴として、仙人と縁が深い存在でした。そういった存在として、申鶴のデザインのモチーフに鶴が選ばれたのでしょう。
(漢詩の訳文は、石川忠久『漢詩鑑賞事典』より引用した。)
「鶴」は「申」とは違い、申鶴の見た目や師匠の留雲の存在などから、その字が使われている理由は連想しやすいと思われます。では「申」はどうでしょうか。日本ではもっぱら「申す」という意味で使われますが、彼女の名前においては明らかに別の意味でしょう。せっかくなので、以下では「申」という漢字の成り立ちから、その意味について探っていきます。
現状さかのぼりうる漢字の最古の資料は甲骨文字です。中国の殷の時代(紀元前1600年頃〜11世紀後半頃)に、亀の甲羅や獣の肩甲骨に刻まれた文字で、主として占いに関する事柄が書かれています。「申」という漢字は甲骨文字では以下のような字形で書かれます。
現在の字形と全然違いますね。これは稲光の象形で、「電光」の意味を表すというのが定説です。
科学が進歩した現代では、雷が落ちる仕組みはとうに解明されていますが、古代の人々はこのような説明できない自然現象を前にしたとき、往々にして超人的なもののしわざにしたがるようです。
故に「申」という漢字は、元々の意味である「電光」から、「神」という意味を派生させました。
少し余談ですが、「申」はその後、仮借により、「申す」という意味に用いられるようになっていきました。仮借というのは、ある漢字を、音が同じまたは似ているという理由で、その漢字が元々表そうとしていた言葉とは別の言葉を表記するために使う運用方法です。
「申」が仮借によって「申す」という言葉を表すようになってから、そこで元々の意味(言葉)である「電光」をより明確するため、意味を暗示させる部品「雨」を後から追加して、「電」が作られました。下の「电」のような部分は「申」が変形したものです。
さて、さきほど「神」という意味が派生したと言いましたが、「神」という字にも「申」が含まれていることにお気付きでしょうか。「神」という意味を明確にするため、位牌(死者の名や戒名などを記した札)の象形である「示」を意符(意味を暗示させるパーツ)として加えた「神」の字が作られました。(「ネ」は「示」の変形。)
このように元々の意味や派生した意味を明確にするため、後からパーツが加えられるという現象は頻繁に見られます。
そろそろこの記事が申鶴についての記事であることを忘れてそうな方々も出る頃なので、話を本筋に戻しましょう。
申鶴の「申」についてですが、つまるところこれは「神」の意味で用いられているのではないか、というように思います。ゲーム内で、申鶴はたびたび、「神女」と称されることがあります。
さらに、雲菫が魔神任務間章で演じた申鶴の半生をモデルにした演劇は「神女劈観」という名称でした。
神女は「女神、天女」のことです。申鶴は仙人から方術を学んで習得したという設定がありますが、方術とは神仙の術のことです。「神女」つまり不死の身となることは、方術を扱う方士としての最終目標とも言えます。しかし彼女は仙人ではなく純粋な人間です。方術を習ってある程度修めることはできても、不死の身(=神)となることはできません。
その「不完全さ」を表すため、「神」の字を直接使わずに、片方を省いた「申」を使ったのではないでしょうか。すなわち申鶴とは、「見習い神女の鶴」の意であり、「ネ」を省いて「申」の方を残したのは、さきほどの成り立ちで見たように「申」と「神」が深い関係を持っているからでしょう。
[参考文献]
石川忠久『漢詩鑑賞事典』
劉釗、馮克堅 主編『甲骨文常用字字典』
徐超 『古漢字通解500例』
林志強、田勝男、葉玉英 評注『《文源》評注』
袁珂 著、鈴木博 訳『中国の神話伝説・上』
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