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若陀龍王の「若陀」とは何か

 もうすぐ鍾離の誕生日なので、それに因んで彼の友人である若陀の話をしましょう。
(鍾離の話はしないんですかというつっこみは受け付けません)

若陀の発音について

 現代中国語で、「若」には二つの発音があります。一つは「ruò(ルオのような音)」で、これが一般的な発音です。「〜のごとく」「もし〜」等の意味の時はこの音で読みます。

 もう一つの発音は「rě(ルァのような音)」で、これは少し特殊な発音です。何が特殊かというと、サンスクリット語(昔のインドの言葉)の音訳語を読む時にしか使われない発音だからです。音訳というのは、ある外来語の音を、それと類似した漢字の音を使って書き表すことです。例えば音訳語である「般若(はんにゃ)」という仏語ですが、この時は「rě」の音で発音されます。

weblio辞書より

 ここまで大丈夫でしょうか。では肝心の若陀の「若」はどっちの音で読まれているかというと、意外にも「rě」の音です。これは例えば公式が出した若陀龍王創作の裏話を語る動画「潜心彫龍」でのインタビューや、ゲーム内の中国語ボイスで確認できます。視覚的に確認したいなら、若陀龍王の公式グッズの背景を見るのが早いでしょう。

下部に「RETUO」というスペルが見え、若の読音が「re」であることが分かる。「tuo」は「陀」の音。

 続いて「陀」についてですが、現代中国語での読み方は「tuó(トゥオのような音)」です。この字も音訳語によく使われますが、その際も音は変わりません。

 まとめると「若陀」は「rětuó」と読まれ、若の字の読み方を踏まえると、「若陀」は音訳語であると見るべきでしょう。なのでここでは、「若」や「陀」の本来の字の意味は考慮されません。

(陀の本来の意味とか言ったが、朱起鳳『辞通』とかを見る限り、「陀」は「陂陀」という連綿詞専用の字で、「陀」単体では意味を持たない気がしたけど、今回の本題じゃないので深入りしないでおく)

 発音を確認したところで、「若陀」は一体何の音訳語なのかを見ていきます。

開発者の発言

 先程名前を挙げた動画「潜心彫龍」にて、開発者の方がこんなことを言っています。

「而若陀这个名字来源于古波斯语的Aži Dahāka(若陀の名前の由来は、古代ペルシア語のアジ・ダハーカです。)」

 答え出たやんって一瞬思いますが、肝心の「なぜアジ・ダハーカから若陀になるのか」という部分には言及されていませんでした。

 音訳語であるならば、Aži Dahākaの音訳が「若陀」なのでしょうか?でも音は「rětuó」で、全然似ていません。ここで、運営は古めかしさを出すために、漢字を昔の音で読んだのではないかという可能性を考えてみましょう。

 中古音(1400年前くらい前の漢字音)を調べられるサイトがあります。大阪大学大学院人文学研究科准教授の鈴木慎吾氏が開設している「Web韻圖」です。

 ここで「若」と「陀」の中古音を調べると、それぞれ「ȵʑi̯a(ジィアのような音)」「dʰɑ(ダァのような音)」と出てきます。アジ・ダハーカの「ジ・ダ」の部分にはこれでやや近付けたような気もしますが、残りの部分は?中途半端じゃない?という疑問も出てきます。もちろん字数とか語感とか色々考えた結果、間だけ取りましたという可能性も0ではありません。

 ちなみに英名の「Azhdaha」は「Aži Dahāka」にかなり近いので、もしかしたら開発者の発言はこちらを指しているのかもしれません。字幕であそこだけ現代中国語での音訳「阿兹达哈卡(アジ・ダハーカ)」ではなくアルファベット表記になっていますし。

 「由来は〜」とありますが、具体的にどこがどう由来しているのか。「若陀」とある箇所は、「若陀」という漢字を指しているのか、それともただの呼称に過ぎないのか(ちなみに日版字幕は「若陀龍王」、英版は「His name」)。発言内容自体が大まかなこともあり、あまりはっきりしませんね。

 ここからはもう一つの可能性、「若陀」を純粋にサンスクリット語の音訳だと仮定して、話を進めていきます。まずはそれぞれの漢字が音訳語として使われているケースを調べます。

音訳の分析「若」

 まず先程例に挙げた「般若」を見ましょう。調べると、prajñā(プラジュニャー)というサンスクリット語の音訳だと出てきます(『日本国語大辞典』『学研国語大辞典』等)。「若」は「jñā」に当てられています。
 また、paññā(パンニャー)の音訳だという記述もあり(『広辞苑』『漢辞海』等)、この場合は「ñā」に当てられています。

 また、sarva-jña(サルヴァ・ジュニャ)の音訳語としての「薩婆若」もあります(「ウィキアーク」「WEB版新纂浄土宗大辞典」)。「若」は「jña」に当てられています。

http://labo.wikidharma.org/index.php/薩婆若

 したがって「若」は「ñā・jñā・jña」等の音訳字となりうることを確認できました。(aの上の横棒は、長音であることを表します。)

音訳の分析「陀」

 次に「陀」を見ていきましょう。有名なものに「阿弥陀仏」があります。前掲の辞書類で調べると、Amitābha(アミターバ)の音訳語だと出てきます。「陀」は「tā」に当てられています。

 またBuddha(ブッダ)の音訳語である「仏陀(ぶっだ)」や、dhāraṇī(ダーラニー)の音訳語である「陀羅尼(だらに)」を踏まえると、「dha」あるいは「dhā」の音訳字としても用いられるようです。

 したがって「陀」は、「tā・dha・dhā」等に当てられうることが分かりました。

「若陀」の意味

 パズルのピースが揃ったので、実在の語が完成するようにマッチングさせてみましょう。改めて先程見たそれぞれのパターンを抜き出してみます。

「若」ñā・jñā・jña
「陀」tā・dha・dhā

 調べると、この中で「jña(ज्ञ)」と「tā(ता)」の組み合わせである「jñatā(ज्ञता)」という語が存在することが分かります。

https://www.transliteral.org/dictionary/ज्ञता/word

 ①が立項されている語で、「jñatā(ज्ञता)」と一致していることを確認して下さい。②がその意味で、intelligence(知)とあります。

 これにより「若陀」という名前は、「知」を意味する「jñatā(ジュニャター)」の音訳時表記を想定して運営が付けたのではないかという可能性も指摘できます。つまり「若陀龍王」は「知の龍王」ということになります。

 摩耗により彼の知性はすり減っていきましたが、「若陀」の名には今なお「知」が宿っているかもしれません。

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