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『当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復』(熊谷 晋一郎/岩波書店)を読んで

自閉スペクトラム症研究を例に、ユニークな“自分助け”の技法である「当事者研究」の最新動向と、多分野の研究者との協働によって、知識や支援法の共同創造が始まりつつある現状を報告。
注と参考文献に、索引。
<当事者研究は、自分と似た仲間との共同研究を通じて、等身大の〈わたし〉を発見すること、そして、そんな自分を受け容れるものへと社会を変化させることを通じて、回復へと導く実践。
(中略)世界にたった一人の自分の〈個性〉を探求し、その知識を踏まえて世界をより住みよいものに変えていこうとする取り組みに他ならない>。
 
【支援の技法が置かれる文脈】
<治療の空間での認知行動療法(CBT)や社会技能訓練(SST)はたいていの場合、「苦労が発生している現場から離れた治療空間で、治療者と行う療法であり、変わることが期待されているのは当事者の認知や行動」である。(中略)それに対してべてるの家では、
「苦労が発生している現場のただなかで、苦労の原因でもあり分かち合いの相手でもある仲間とともに行い、変わることが期待されているのは本人というより仲間全員が共有する知識」なのである>。

それは、公共財としての社会環境の重要な構成要素の一つである。
 前者は「医学モデル」に、後者は「社会モデル」に通じますね。
 
【CBTやSSTの限界】
<精神分析などと違ってCBTやSSTでは過去の出来事を深く取り上げることはせず、直近の苦労と、前向きな対処法に力点が置かれる。しかし向谷地生良によれば、べてるの家でCBTやSSTが定着していく中で、
「過去の経験からの逃避的、回避的な傾向をもつメンバーが本当の気持ちを話さない」
「メンバー自身が自分のかかえる生きづらさを理解できない」
「メンバー間の仲間意識の低さ」
「トラブルを起こすメンバーが問題な人として排除される」
「スタッフ側が幻覚、妄想の話を聞こうとしない」
「相談する人/援助する人という非対称な二者構造が温存される」
という限界が見えてきた。このようにして、援助する側もされる側も、自覚している表面的な苦労の背後にある構造や意味を発見し、共有することで、一段深い自己理解と相互理解に到達するための技法が求められるようになったのである。
CBTやSSTでは、比較的最近の経験の中から、時間や場所を超えて繰り返される苦労の「パターン」を発見し、そのパターンの可変性を問い直すことが多い。しかし、過去の出来事や、傷になっているエピソードといった一過性の「物語」が、現在繰り返されているパターンの背景に存在していることも少なくない。さらに、現在本院が置かれている人間関係や経済的状況など、共時的な文脈も複雑である。パターンの背後にある、こうした通時的・共時的に複雑な物語を単純化して、表面的な問題行動だけをつかまえてCBTやSSTを行っても、自己理解や相互理解の深度は限定的なレベルにとどまり、回避傾向、仲間意識の低さや排除、支援する側される側の権力勾配は温存されてしまう>。
 
最初、べてるの家でSSTをやっていると知ったとき、違和感がありました。こういう文脈でやられていたのですよね。
 
向谷地生良氏が、インタビューに応え――。
<浦河では統合失調症の人もアルコール依存症の人も、とにかく一緒に活動してきたっていう歴史がある。アルコール依存症の人たちはAAとか断酒会で、「私はアルコール依存症の〇〇です」とアノニマスネームで自分たちの経験談を語る。そんな語りが身近にあったわけですが、統合失調症の人たちは自分たちの経験談を語ってはならないというような、ある種の暗黙の歯止めがあったという気がするんです。
「私は統合失調症です」なんてこと知られて良いことなんて何もないと。「語ること」に統合失調症治療のエビデンスなんてないし、薬物療法が第一優先されるべきであるという常識みたいなものに縛られていた。なにより統合失調症の人たちは“語れない”という常識があったし>。
 
そのとおりですね。
 
【二つの潮流を束ねた「研究」という概念】
<社会によって無力された当事者が、自らの身体の変えられないパターンを起点とした未来志向の社会変革を通じて、当たり前の暮らしと、本来持っている力を取り戻す当事者運動。他者に頼らず自分の力を過信する中で依存症に陥った当事者が、自らの無力を認め、類似した経験をもつ仲間との過去の経験の分かち合いを通じて、表面的な依存行動のパターンの深層にある物語を発見する依存症自助グループ。当事者同士の共同性を重視するという点では共通するこの当事者活動の二大潮流が浦河で合流して、当事者研究が誕生した。したがって当事者研究は、当事者運動由来の「力/未来/パターン」と、依存症自助グループ由来の「無力/過去/物語」といった、一見すると相反する特徴をあわせもっている>。
 
この「研究」が、北海道の浦河で誕生した、と。
 
【当事者運動が見逃したもの――見えにくい障害】
<運動は、「当事者は、自分のことや、自分のニーズをすでによく知っている」という前提のもとで、ニーズを達成するために必要な支援や、社会環境の改善を主張する実践といえる。しかし、「自分のことや、自分のニーズをすでによく知っている」という前提条件を享受できるのは、自分の障害の特徴やニーズを記述(可視化)できる、いわゆる、「見えやすい障害」をもつ当事者に限定される。
また、当事者運動が重要視してきた「自己決定の原則」に関しても、自己決定が可能になる前提条件として、自分の身体の作動について「こうすれば、こうなる」という予測がある程度ついている必要がある。なぜなら、自己決定が可能になるためには、選択肢の決定とその帰結をつなぐ「予測」をある程度もっていなければならないからだ。このようにして、「私のことは私が一番よく知っている」前提のもと、自己決定の原則を掲げ、社会変革を要求していくという当事者運動の手前で、「見えにくい障害」をもつ当事者は、置き去りにされる>。
 
これも、その通りで、重要なところですね。
「見えにくい障害」をもつ当事者のところは――。
 
【これからの、当事者研究】
<重要な点は、当事者研究は、均質性で束ねられる当事者グループの周縁で生まれ続けるということである。どんなグループでも中心があり、そこから外れる人たちが生まれ、ドーナツ状に周縁化されている当事者から当事者研究が始まる。そして当事者研究が成熟すると、初期の担い手であった当事者たちがグループの中心となっていく。するとまたそのグループで周縁化されたドーナツの場所にいる人たちが、次の当事者研究の担い手になっていくのだ。グループの中心で行われる活動は、それが意義深いものであればあるほど、制度化という波に飲み込まれやすい>。
<専門的コミュニティと当事者コミュニティの協働的な価値・知識・技術の創造を、共同創造と呼ぶ。縦割りが解除された大きな当事者コミュニティの周縁において、当事者研究は、共同創造のプラットフォームをも提供できるかもしれない。要するに、当事者も専門家も、自分たちが継承してきた価値・知識・技術を不断に見直し続ける「研究者」になることが、置き去りにされがちな周縁に置かれた人々を包摂する社会の条件として重要だということになる周縁>。
 
うーん。そうですね。当事者研究は常に生まれ続け、皆にひらかれている、と。
 

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