三浦じゃないし山田でもない

「三浦、だよな? 俺だよ、俺、懐かしいなあ」
 後ろから声をかけられ、私はしみじみと相手の顔を見つめた。丸顔で目鼻の作りは整ってはいる。もう少し身長があれば随分ともてるだろうと、そんな感じの男だった。
 銀行での用を終え、通りを渡ろうとした時のことだ。
「山田?」
 試しに言ってみた。
「そうそう、おれ山田! 何やってんのこんなとこで、久しぶりだなあ、もう、あれ、何年になるんだ? 時間ある? お茶しようぜぇ」
 と、馴れ馴れしく肩を組もうとするその手を避けて、それでも暇つぶしになるかなと、私は男の後に続いた。
「この辺、なんにもないからさあ」と、連れていかれたのは町はずれにある廃病院のような建物で、看板には『ホラーレストラン ナニカガシタタル……』とある。
「味はいいからさ」と、山田はずんずん進んで行く。
 風除室に入った瞬間、背筋を擦るような生臭さが鼻孔にまとわりついた。思わず眉を顰めると、店内へ続く自動ドアが開き、爽やかで涼しく空調の効いた風の流れに洗われ、先ほどの嫌な感じは嘘のように消えた。二人くらいをめった刺しにして三日くらい置いたような臭いだったなと思う。それも真夏の暑い時にだ。
「イラッシャイマセ」
 そう声をかけてくるのは配膳用のロボットだった。全体的に丸っこく可愛らしいデザインだが、頭部に当たる部分を見下ろすと、透明なドーム状のカバーの下、若い子供の脳みそのような物が白い磁器の皿の上でぷるぷると揺れていた。
「コチラへドウゾ」
 案内されるままについていく。
 店内は薄暗いというか、光という存在自体が忘れられているかのようで、何もかもが薄暗く遠くに見える。足元はぺたぺたとした感触があり、靴底にねばりつくものの感じは臓器に絡んだ汚物の感触に近かった。
「山田、ここさあ」と、私が声をかけると、
「わりい、ちょっとトイレ行ってくる」
 山田は小走りに走り去った。
「コチラヘドウゾ」
 ロボットに案内された席へ着く。テーブルの表面は汚れ一つなく、それはまるで付いた指紋を拭きとった後のように清潔だった。メニューを取りぱらぱらと見る。想像通りにグロテスクな品々が写真も文字もおどろおどろしく踊っていた。
 私はため息をついて、山田の帰りを待った。
「ホラーレストラン、ここまでの評価は?」
と、店内放送がアナウンスする。
 私は拳銃を取り出し、スピーカーをぶち抜いた。
「星一つだな」
 私は言った。
「水ぐらい持って来いよ」

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