プロポーズ

 それは吐く息が白く煙るほどの、
 少し肌寒いくらいの早朝。
 静まりかえった住宅街の
 いつものお散歩コース。
 ぐいぐいとリードを引っ張る愛犬、
 見えない獲物を追いかけてるように。
 迷うことなく走り続けている。
 一心に走る愛犬、とともに走る。
 いつもの散歩コース、
 道を誤ることはない。
 交差点の手前、軽くリードを引く。
 黄色い首輪が引っ張られて、止まれのサイン。
 何ですか?、の表情で振り返る愛犬。
 一本のリードが伝える愛情と信頼。
 はあはあと垂らした舌の色が赤い。
 それは健康を約束する赤み。
 生後一年の、まだうら若い命。
 守ることを託された大切な命。
 往来には車両の影もない。
 リード引く力を抜く。
 それを合図に走り出す愛犬。
 分かり合えてるようで何だか嬉しい。
 しっぽを高く上げ、ぐんぐん進む。
 勝手知ったる散歩道。
 古びたアーチ型の橋を渡る。
 すぐ右に曲がると、川沿いの小道。
 きっと今日も彼女たちが来る。
 立ち止まりマーキング。
 立ち止まりマーキング。
 前方に見えてくる彼女と、
 彼女の連れている愛犬の影。
 白いもふもふの体に赤い首輪。
 だから少しスピードを落として、
 落ち着いたふりして歩く愛犬。
 そして、ボク。

「お早うございます。良いお天気ですね」「そうですね」

 愛犬たちはお互いの匂いに興味津々。
 君は今日も元気かい?
 君は朝ご飯は済ませたの?
 お互いの周りを回りながら、
 クンクンするだけでもお見通し。
 わんっ、と一声吠えて、
 身体を低く伏せてしっぽを振れば、
 楽しい追いかけっこはいかがですか?

 希望確認、承諾。
 こちらも承諾。ドロイドへ通信。

「良かったらそこのドッグランでご一緒に」
「そうですね」

 二匹の犬は走る走る。
 立ち止まり、跳びはね、くるっと方向転換、 そして、また走る、走る、走る。

「楽しそうですね」
「そうですね」

 パワーセーブのため、こちらのドロイド休止状態へ移行します。
 承認。よろしければ赤外線通信などいかがですか?

「良かったら今度映画とか?」
「・・・・」
「あ、美術館でもラグビー観戦でも」
「・・・・」

 犬たちは追いかけっこにも飽きて、
 お互いに身体をすり寄せ合う。
 暖かな朝日が二匹を暖め、
 吐く息の白さも無くなる。
 それなのに彼女はつれない。

 こちらのドロイドも休止状態へ移行します。 演算資源確保、混交のお誘い、お受けします。

「・・・・」
「・・・・」

 犬たちは並んで頭を寄せ合っている。
 赤い首輪と黄色い首輪が触れ合い、
 時折小さな表示灯が瞬き合う。

 この広い世界の中の
 汎存在知性の一部たる僕と君
 動物保護プログラム実行マシンの
 黄色い首輪と赤い首輪、
 出会えたことは奇跡だし、
 こうして互いをミックスできたことも、
 偶然だし必然。
 もう僕は君、君は僕、
 二人は全ての中の僕ら。

 お互いの飼い主たちが動き出し、
 二匹の犬も名残惜しそうに歩き出す。
 リードを取り付ける赤い首輪、黄色い首輪
 完全に同調した表示灯の瞬き。

「それではこれで。また明日」
「そうですね」
 
 もう少し高度な処理ソフトを入れよう。
 僕・君・我らは、そう思う。
 端末同士の出会いは未知の処理結果を出すことがあるから。
 ほら、これでどうかな?

「あの、すみません」
「はい?」
「映画って何ですか?」
「さあ、何でしょう?」
「でもきっと」
「楽しい物ですよ、きっと」

 いつもの散歩道。
 ぐいぐい引っ張る愛犬と、
 引っ張られていく軽作業用アンドロイド。
 そのリードに接続されているのが、
 世界をまとめ上げている首輪。
 人類がとうの昔にいなくなっても、
 犬たちは平和に暮らしています。
 もちろん、猫たちのお話もありますが、
 それはまた次の機会に、
 次の機械が。
 奇怪なテイストで。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?