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日本人ではなくなった日

先日フランス国籍を取得したことを正式に証明する書類をプレフェクチュア(県の役所)で手渡された。

フランスのプレフェクチュアは、日本語では「県庁」という訳語が一般的になっているが日本での県庁と全く同じではなく、各県に本庁および地域の支所がある内務省の組織で運転免許や車の登録関係や各種営業許可等を行っていて日本の警察署と運転免許センター、陸運局、そして県庁で行っているような業務をする部署が一緒になっているような総合行政機関である。
しかし、現在ここでの最大の業務は外国人の滞在許可関係ではないかという気もする(業務量は全体の半分近くは占めているのではないかという感じさえもする)。新コロナのせいでのロックダウン以前は地域ごとに人数の差はあるものの連日の様に滞在許可その他を申請に来た外国人の列が入り口の前に出来ていた。現在は一度に入場可能な人数を制限しているため完全予約制に近くなっているようだが、やはり他の外国人と一緒に15分ほども待たされた。

本来なら半日ほどかけて帰化した人のために集団で新フランス国民歓迎セレモニーを行うはずが、5月のロックダウン解除後はグループではなく個々の面談のような形になっているのでなんだか真実味が無い[手渡し式典]だった。聞くところによると感染者の多い大都市では手渡しさえも無く、受け取り証明付き書留での郵送になっているところもあるようだ。これも新コロナのせいだと思うと本当にやりきれない。

ここまで来るまで書類を揃える段階から数えるとほぼ1年9ヶ月に渡る月日が必要だった。
これは何もコロナで2ヶ月の間ロックダウンして役所の仕事が停止していたからではなく、本当にこれほど時間がかかるということだ。中には3年程もかかる場合もあるというので一応手間暇かけて色々調査をしているはずだ(と信じたい)。また、結婚や兄弟姉妹関係、フランス国籍者の親、といったいわゆる家族関係からではない政府の許可による帰化者の数はここ1,2年はどういう訳か減っている。

比較するはっきりした対象がある訳ではないが、ネットで拾った話では単に書類の受け渡しに近いものと聞いていたのに若干時間をかけて色々話をしてくれたような気がした。もしかすると元日本人だからかもしれない。といっても日本人が帰化するのが単に珍しいからだけではないようで、そのあたりは心当たりのある人もいるかと思う。とにかく一応、元日本人はウェルカムということなのだろう。毎年大体11~12万人がフランスに帰化しているがそのほとんどがアフリカの旧植民地や難民を多く出している国々出身者で占められている。日本人は一体何人ほどいるのだろうか。


なぜ仏国籍を取ろうと思ったか

在仏10年を超えるころからフランス国籍を取ることを考え始めたが、その理由は一言で言うと[保険として]である。私はこのNOTEには「フランス国籍って素敵」という感想、またはある層からのやっかみコメントをもらうだろうと想像している。しかし、素敵とかそんなことではなく、何よりも一番の理由は自分の身を守るためである。

こう書くと大げさに聞こえるが、外国人としての滞在許可身分など脆いもので永久に維持できる保証は、[はっきりいって無い]、のである。次回の更新、またその次の更新・・・と、その度に書類を揃えて申請書(年々詳細を書かされる項目が増えている)を県庁で予約を取って出頭して提出・・と手間がかかる更新手続きをこの先、年老いてからできるかどうか。

もっと危惧していることがある。3年ほど前に住所の変更で10年有効の滞在許可証を新しくする必要があったが、そのまた3年前に更新手続きをした時、つまり今から6年前よりも申請書に記載する内容がやたらに増え、有効期限がまだまだかなりあるというのにまるで初回申請と同じような手続きが必要とされたのには驚いた。そう言えば、2012年頃のことだが、当時勤務していた会社の日本人の先輩で定年退職をした人がたまたま退職直後にこの永住カートの更新時期に当ってしまい、雇用先の証明書が出せないなどで更新に手こずったという話を聞いたことがある。彼は独身でフランスには親族はいないのでこんな対応を受けたと想像がつく。結局他の方法で経済的証明が出来たので更新できていたがやはり「10年カード」はあてにはならないものだとその時危機感を感じたものだった。
もっとはっきりと書けば外国人の滞在希望者が増加し、問題の多い者も少なからずいるので外国人滞在許可申請手続きのハードルを上げつつあるような気配がする。考えすぎと揶揄されそうだが、将来もし相方に先立たれた時、その頃には外国人への滞在許可付与がますます渋られるようになっていて、「フランスには親族がいないあなたはここに留まる意味はありません」と、パッと国外退去になる可能性も全くゼロではない。

ここまではとてもネガティブで暗い動機を書いたが、そこまで心配しなくても他にも「外国人」であることには結構気遣いが多い点がある。アメリカ合衆国ほど市民権が持つメリットと[単なる]グリーンカードの差は無いが、身分証明は外人の滞在許可証で行い、政治家の批判も「外人なので」遠慮、ただ見ているだけで投票の権利もなく、いつまでたっても外国人という身分。そして今でも日常生活ではほぼ必要のない事柄には若干の違いはあることはあるが、ひょっとして将来アメリカ合衆国のように市民権とグリーンカードのような格差が生じるかもしれない。

そして[頼れる]日本の大使館・領事館も遠方だと結局なんにもならない。米国やカナダなど広い国では大使館や領事館がある都市圏以外に住む人たちは大変不便しているようだが、それはフランスでも同じこと、日本の役所はかなりアナログ式なので何かの手続きの度に自腹で大使館のあるところに旅行に出かけるしかない。さらに、もし相方と他国を旅行中に災害にあった場合、外国で保護してくれる自国の政府がバラバラだとどんなことになるだろう。

そういうわけで何年も前からこのまま日本国外に住む上で果たして日本国籍のままでいるのが得策かどうかという疑問が湧いてきていたのである。しかし一方ではまた、長いこと躊躇していた。なぜなら日本では国籍法で外国籍を[自己の意志で]取得すると日本国籍は喪失することになっているからである。


二重国籍が認められている国の人達は迷わない

いくら外国の国籍を取得したからといっても生まれながらの国籍を奪われることがない国籍の持ち主の大多数はフランス到着後、滞在許可証を得ると短期間で次には国籍取得を目指す。そのほうが選挙権も得られ滞在身分も安定している。彼らにとって永住権に近い10年カードさえも通過点に過ぎない。例えばフランス国籍者と結婚すれば4年でフランス国籍申請資格ができるが、そのとおり4年経過すると即申請する人も多いようだ。

また、イギリスのEU脱退でそれまでのんびりしていた多くの在仏イギリス人がフランス国籍を取得している。理由は私とほぼ同じかと思うが、イギリスも重国籍を容認しているので彼らは躊躇せず2016年のEU脱退決定後続々と仏国籍を取得している。在仏イギリス人は一般的に問題が無いので手続きも早そうではあるが、あまりにも人数が増えたので地域によってはイギリス人専用窓口を置いたところもあるという。

ところが日本人は20年、30年どころか一生をフランスで過ごすことになる人でも仏国籍の取得は考えない人が多い。私の狭い人間関係の範囲内だが、パリで働いていた時知り合った日本人の95%以上が「仏国籍?どうして必要?」だった。中にはフランス国籍を取った数少ない元日本人を変人扱いする人もいた。地方在住の人もそんなに変わりはないのだろうと推測している。その理由はやはり二重国籍が容認されていないためだろう。「日本国籍を捨ててまでなんでフランス人になりたい?日本のパスポートって最高にいいでしょ?」という感覚が多数を占めている。

それではもし日本国籍を保持することが出来ればどうだろうか。私は在仏イギリス人と同じ行動を取る人が大多数になると思う。


長い道のりの後、フランス国籍取得

私は実に10年以上も躊躇し続けてきたが、去年の初めやっと決心がついた。奇しくも国籍剥奪条項である国籍法11条1項は憲法違反であるとする訴訟の最中で、今、国籍喪失しても、将来もしかして法律が変わって国籍復活ができるかもしれないという僅かな希望と[外国人身分での滞在]の危うさとを考え合わせた結果、国籍取得の手続きには非常に長い時間がかかるので今動くしかない、と書類集めの作業に取り掛かったのだった。
この書類集めも実に時間がかかる。私の場合、日本で戸籍に外務省のアポスティーユを付ける手続きをしてくれる親族知己がいないので代理業者を介した。業者による手続きは迅速で安全だったが、自分で日本の役所に連絡するなどでは、やはりかなり手間取った。

だが、実際に書類を提出し、その後半年も連絡を待ち、警察や県庁の面接を受けた後のロックダウンの時期を含めた連絡待ちの長い長い宙ぶらりんのあいだ、数は少ないが却下される可能性もあることにも考えが行き、「どうでもいい、ダメなら日本のパスポートを更新に遠路大使館に出向こう」と思っていた。正直、やはりまだ心が決まっていなかったのだ。他国出身の申請者のように何度も役所にメールや電話で進捗状態を問い合わせたり、県庁に聞いてみようという気にはどうもなれなかった。

だから、まずフランスの選挙に投票できる有権者リスト(ネットの外国人フォーラムで知ったがこれはなんとネットで調べることが可能!)に自分の名前が載っているのを確認し、それではどうなっているのかと、ようやく役所にメールで問い合わせたところ、フランスにしてはレスポンスが非常に速く2時間後に回答が来た。それによるとフランス国籍登録は終了、出生証明記録の登録作業もとっくに済んでいる、「もう後戻りは絶対できない」というのと「これでとうとう長い手続きが終わった」との2つの感情のせめぎあいに襲われた、ネット外人フォーラムの他国籍の申請者たちは一様に「嬉しい!」とか「やった!」とか騒いでいるのに。

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なんともいえない寂しさ

その後正式にお呼びが来て最初にあるように県庁に出頭し証明書類を受け取った後、一抹の寂しさに見舞われた。1年9ヶ月にも渡る長い長い手続き期間がやっと終了したというのに、嬉しさよりも寂寥感の方が勝っているのだった。先にも書いたように毎年11万人以上もの外国人がフランス国籍を取得するが、帰化者の大部分の出身国では二重国籍が認められたいるのでフランス国籍をもらっても生まれつきの国籍は失わずに済む。そして、この新コロナのご時世に使う必要があるのだろうかとも思うが、早速ほとんどみんなが国民IDカードと共にパスポートを申請している。

私は何も2つのパスポートを交互に使う気などはない、日本以外の国にいる間は日本国籍の[特権]を使う気などまったくないし、在外投票も出来なくても構わない。でも、日本人として生まれてそこで教育を受け、また仕事をして40年以上も暮らしてきたこれまでの過去を切捨てるようなことにならなければいけないのはなんともやりきれない。

もし万が一日本に長期滞在する必要があれば帰国し、そのまま手続き無しで日本人として住めるようになればどんなにいいだろう、その際にはもう一つの国籍の特権はもちろん使わない。それだけでいいのになぜ国籍喪失などということになるのだろうか。


国籍法11条1項は現代の事情にそぐわず、抜け穴だらけ

生来の日本人が外国籍を自己の意志で取得すると(意志にかかわらず)」日本国籍を喪失するとする法律、国籍法11条1項はうわべは昭和25年(1950年)に作られたようにも見える。しかし実は1899年の明治時代に作られた国籍法20条が第二次世界大戦後に国籍法が改正された際、ひらがなと漢字表記の見かけだけ変えて化石の様に残り、そのまま顧みられることなく現在まで来たものである。
なるほど19世紀末の大日本帝国の時代には帝国臣民である日本人が外国籍を取るなどということは国家利益にならなかったに違いない。それが21世紀の現代までずるずる引き継がれてきてしまったのだが、周知の通りこれは実は穴だらけの法律で、外国籍を取得した全員が国籍離脱届けを[きちん]と行っている訳ではない。罰則規定も特にないので「元日本人」は相当いるはずであるがジャパニーズパスポートの悪用が発覚するなどしない限り問題にはならない。

そして最近になって大変なことに気がついたのだが、米国籍を取得していったん日本国籍を喪失し、その後本帰国して2,3年ほど前に日本に「帰化」した元日本人によると、日本国籍を取り直した際、国籍選択を<日本>にしたら、日本人として単独戸籍扱いになるので米国の選挙に立候補したりしなければそのままで良い、とのことだったそうだ。つまりは米国籍から離脱した証拠を見せる義務は無い、もっと厳密に言えば米国籍は日本の法律で管理しているわけではないので、ということである。つまりは取得した米国籍は再度日本人に戻っても持っていても構わないということだ。米国はご存知の通り二重国籍OKの国なので他の国籍との二重国籍保持には何の関与もしない。これは米国籍だけでは無く、二重国籍を認めている国の国籍であれば同じはずである。

どういうことなのだろうか。海外に居てその国の国籍を取得した日本人はその瞬間自己の意志にかかわらず国籍喪失の扱いを受け、まだ有効な日本国パスポートを使うと犯罪になる。逆に外国籍の元日本人が日本に帰化して国籍を再取得すると二重国籍であることが容認されてしまうということである。

こんな不公平な法律制度があることがこれまで見過ごされてきたのである。国籍法11条は1項はこの下で書いている通り憲法22条違反であると思うが、14条1項にも抵触する酷いものである。

「2つの国籍を持つなんてなんだか贅沢」、あるいは「スパイ行為が心配」などと言うネット上の意見もあるが、生まれつきの元日本人がスパイ行為などとはまずありえない。また在住国の国籍はもちろんファッションでも贅沢品でもなく私のようにいわば便宜のために取得した人が多数を占めているのである。
もちろん中には日本国籍から出たい人もいるはずで、離脱希望なら自由に離脱させる、また日本国籍にも留まりたいというならその意志を尊重する、という自由選択が出来ない国籍法11条1項の規定はあの大日本帝国憲法にはフィットしていたとは思うが戦後の改編時すでに施行済でもあった日本国憲法22条に明らかに反している。

フランス国籍をもらっても日本人である自分自身に何も変わりは無い。急にフランス語がネイティブになるわけでもないし、思考回路がフランス人と全く同じに変わるのでもない、もちろん見かけは相変わらず[中国人かもしれない東洋人]。変わらないのだが、日本国籍を前時代的な法律のせいで失うのである。
今回の国籍法11条1項の訴訟の判決は来年初めに出るが、時代と実情に即した賢明で順当な判断を期待したい。

参考:
https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/section4/2020/07/post-201878.html

https://core.ac.uk/download/pdf/186666974.pdf









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