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這い上がる

コロナウィルスの影響による中断期間もあったが、これまでで最も長かったシーズンがついに終わった。1年間を通して2部リーグでプレーするのは、僕にとって初めての経験だった。

ハノーファーは昨季まで1部リーグにいたにもかかわらず、一時は2部の16位にまで沈んでしまったし、昨年11月には監督もかわることになった。

それでも、コチャック監督が就任してからは、チームも僕も持ち直した。

僕は出場停止の1試合と、負傷した直後に組まれた1試合を除き、スタメンに名を連ねてきたし、チームも最後には6位にまで順位を上げられた。

ただ、今振り返ってみても、シーズンの序盤は大変だった。

開幕戦には先発したけど、その後はスタメンで出たり、ベンチスタートだったり、絶対的な存在感を放つことが出来なかった。1部リーグへの復帰を目指すうえで、そういう状況におかれるのは結構、しんどかった。

そんな状況から、這い上がっていけたポイントが2つある。


まず、挙げるべきは、チームメイトの姿勢から受けた刺激だ。これがすごく大きな意味を持っていた。

今季途中から加入した、マルク・シュテンデーラという選手の存在は大きかった。

彼は若干17歳でフランクフルトの選手としてブンデスリーガにデビューして、ドイツ代表の年代別代表チームにも選ばれていた。19歳以下のヨーロッパチャンピオンになっているし、2015年のU-20W杯にはユリアン・ブラントなど、現在のブンデスリーガの強豪クラブでプレーする選手たちをおさえて、10番を背負った。彼と同じ1995年生まれのドイツ人選手としては、バイエルンでもドイツ代表でも活躍する、キミッヒやゴレツカがいる。

そんな彼がフランクフルトとの契約が解除となったあと、シーズン開幕後にハノーファーに加入した。今では、チームにいるドイツ人選手のなかで、もっとも仲が良いのが彼だ。

ドイツでは試合前日などにホテルに泊まるときには、一人の選手に一部屋が与えられるのではなく、二人の選手で一つの部屋をシェアするのが一般的だ。今シーズン、僕のルームパートナーがシュテンデーラだった(ちなみに、僕は同じ部屋が誰になろうと、神経質になることはないタイプだと思う。気を使うところは使うし、干渉しないときにはお互いに干渉しない。ただ、ヘルタ時代のルームメイトはダリダというチェコの選手だったのだが、彼は1日に12時間近く眠る。寝ている時間があまりに長いので、起こさないように気を使ったことはある笑。運動量が豊富な選手としても知られているダリダのスタミナの秘訣はその睡眠時間なのかもしれない……)。

シュテンデーラはけっこう真面目な話をするタイプなので、彼と深い話をすることがシーズン中に何度もあった。そのなかでも特に印象深いのが、彼からこう言われたことだ。

「オレは若くしてフランクフルトでデビューしたけど、表舞台から落ちていくのは一瞬だったよ。それに対して、這い上がるのには、落ちるときの何倍ものパワーと時間がかかるんだ」

彼がデビューしたときや、ドイツのU-20代表で10番を背負っていたころには、同じ歳の選手に負けるなんてことは想像しなかったはずだ。でも、今では彼を差し置いて、同じ年に生まれたキミッヒやゴレツカが、バイエルンやドイツ代表の主軸となっている。だから、彼の話がすごくリアルだなと感じたし、自分の教訓にもなった。

確かに、シュテンデーラは2回も膝の大きなケガを負うなど、苦労もしてきた。ただ、フランクフルトにいたときには、自分の努力などに目を向けるのではなく、ケガや監督の采配などを、自分が活躍できないことの言い訳にしていたそうだ。

でも、フランクフルトとの契約が解消されたことで、それまでの甘えや言い訳を捨てて、もう一度、ガムシャラに頑張らないといけないと考えたという。

「自分が落ちぶれてから気づくのでは、少し遅いのかもしれない。ここから這い上がるのは、落ちるのに比べて何倍ものパワーや時間が必要だ。でも、オレはまた這い上がろうと頑張っているんだ」

彼はそう語ってくれた。

そして、その言葉に嘘はなかった。

特に驚いたのは、監督が代わってからの彼の見せた姿勢だ。

シーズンの初めに指揮を取っていたスロムカ前監督には重宝されていたものの、11月にコチャック監督が就任してからは、彼の出場時間が大きく減った。

にもかかわらず、監督の起用方針などに不満そうな態度は一切見せなかった。普段の食事から改善していったそうで、体つきもシャープになってきた。

今シーズンだけを見ても、シュテンデーラにとって良いときばかりではなかったけれど、落ち込むことなく、いつも練習に全力を注いでいて、居残りでのトレーニングにも汗を流していた。

彼のそうした姿勢から刺激を受けずにはいられなかった。彼を見ていたからこそ、僕にも苦しいときがあったけど、前を向いて頑張ろうと思えた。

彼の今後の去就はまだわからないけど、サッカー観もあるし、良いパスも出せる選手だから、また一緒に戦えたら嬉しい。


そして、もう一つが、「空元気(からげんき)」だ。

以前、このnoteにも書いたけれど、「行動によって気分を変える」ことが大切だと思う。逆の意味の言葉としては、「病は気から」などもあてはまるのかもしれない。

「空元気」をポイントに挙げるのは、元気ではないときでも、心身共に充実しているときのように振る舞うことが大切だということに改めて気づかされたからだ。

開幕時のスロムカ監督の下で、僕は欠かせない選手と見なされてはいなかった。だから、スタメンで出られた試合もあれば、ベンチスタートを命じられた試合もあった。

チームとしての成績が良かったり、同じポジションの選手が素晴らしいパフォーマンスを見せているのならば、まだわかる。

でも、あのときはそうではなくて、チームとしての成績もさっぱりだった。それなのにコンスタントに先発できない。チームを助けることもできない。普段の練習に行くのでさえ、少し気が重いなと感じた瞬間がなかったといえば嘘になる。

だけど、そのままでいたら落ち込んでしまうだけだ。なかなか気が乗らないようなときだからこそ、「空元気」であったとしても、練習から大きな声を出して、ユニフォームを汚して、走り回ろうと考えるようになった。

実際には、監督が交代するまで、チームとしての成績が上向くことはなかったし、完全にレギュラーポジションをつかめたわけではなかった。

それでも、その期間もテンションを落とさずに、「空元気」とともに歯を食いしばった意味はあった。その期間があったからこそ、コチャック監督が就任してから最初の試合でいきなりゴールを決められたし、チームとしての成績もそこから上向いて、昇格圏まであと少しというところまではこぎつけることができた。

シュテンデーラの存在と「空元気」という2つのポイントは、僕が初めて2部リーグで1年間戦う上での支えになった。

上昇カーブを描きながらシーズンを終えられたことは、チームにとっても、僕にとっても、来シーズンにつながると信じている。

ハノーファーは2部にとどまっているようなクラブではないし、来シーズンこそは1部に昇格しないといけない。だから、チームとしての成績にも、個人的な成績にも満足したとは言えない。

それでも、コチャック監督がチームにやってきてからの21試合で、出場停止だった1試合をのぞき、20試合に出場して、6ゴール、5アシストを記録した。少なくとも2試合に1点以上のペースで、ゴールに直接絡むことはできた。

来シーズンもこのペースで全試合に出られれば、18~19点くらいに絡むペースだ。もちろん、そこを一つの目標として目指していきたいし、それだけの成績を残せればチームとしての成績も必ず、良いものになると考えている。

今シーズンと、来シーズン――。

僕は今シーズンを28歳で迎えて、29歳になった。来シーズンは29歳で迎え、終わるころには30歳になっている。

一般的には、サッカー選手としてのピークは28歳から30歳ころだと言われている。

サッカー界では移籍市場ではどんなことでも起こりえるから、未来はわからない。それでも、僕はサッカー選手のピークと言われる時期に、2シーズン続けて2部で戦う可能性が高い。若い頃に自分が思い描いていた未来とは、正直に言って、かけ離れている。

でも、僕はこのままでは絶対に終わらせない。また1部で、活躍するための準備をする。

僕はもう一度、這い上がる。

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