主張すべきこと

ドイツでは、議論はするべきもの、意見は伝えるべきものだという文化がある。

それはサッカーの世界にもあてはまる。僕だって、チームが良くなるためには積極的に口を開く。

2月15日のハンブルクとの試合では、後半のアディショナルタイムにコーナーキック(CK)から失点して、1-1の引き分けに終わった。

試合終了直後、僕はサリッチAC(アシスタントコーチ)と、相手のCKの際の守りについて激論をかわすことになった。

あのときは、わきあがった感情を抑えることはできなかった。それはこのチームで勝ち星を積み重ねていきたいと強く思っているからだ。

「マークが曖昧になってしまっていたじゃないですか! そういうことはないようにしていかないと……」

「最後に追いつかれてしまった怒りを私にぶつけるのか?」

僕らはそんな風に言葉をかわしていた。

そこに至るまでの過程について順を追って説明すると……。


そもそも、CKで守る際には、大まかに2つのパターンがある。

ゴール前に入ってくる相手選手に一人ずつマークにつく、マンツーマンによるディフェンス。もう1つが、ゴール付近の相手にシュートを狙われそうなところにあらかじめ人を配しておくゾーンディフェンスだ。

僕らはマンツーマンを採用していて、あの試合で僕は相手の18番を背負うジャッタという選手のマークを担当していた。

攻撃的なポジションの選手であっても、相手チームの選手のマークを担当することはよくある。ちなみに、僕はCKの守備で誰かのマークを任されたときに、自分がマークする選手にゴールを許したことがないというのがちょっとした自慢でもある。

後半18分に、ハンブルクは2人同時に選手を交代してきた。僕がマークしていたジャッタはハルニクという選手と交代で、ベンチに下がった。うちのチームも、後半21分、後半27分、後半32分と順番に選手が入れ替わっていった。

そして、ハノーファーが1-0とリードした状態で、試合は後半のアディショナルタイムに入った。そのアディショナルタイムもおよそ5分が過ぎたとき、相手にCKが与えられた。

僕はジャッタに代わって入ったハルニクをマークするように指示されていた。だから、相手のCKが始まる前に22番のハルニクを見つけて、マークにつこうとしたのだが……。

後半32分から交代でピッチに入っていたチームメイトのコルプが「オレが22番のマークのはずだぞ!?」と言ってきた。

え? なんで?

驚いたけど、ハンブルクが待ってくれるわけでもない。

このときハンブルクはゴールキーパーも含めて、7人がペナルティーエリア内に入ってきていた。CKの際にゴール前に入る選手の数は5人、多くても6人、というのが一般的なケースだ。ハンブルクは、これがラストプレーになると考えて、カウンターを受けるリスクと引き替えに、ゴール前に多くの選手を送り込んできたようだった。

マンツーマンでディフェンスをしていても、「ストーン(英語で石という意味)」と呼ばれる役割を担い、特定の選手をマークしない選手もいる。「ストーン」というのは、ゴール前の危険なエリアにあらかじめ石のように配置され、近くに来たボールを跳ね返すことに専念する役割だ。マンツーマンで守っていても、誰かがマークを外してしまうこともある。そんなときに、簡単に相手にシュートを許さないための保険として配置されるようなものだ。

この時点で本来は僕がマークすべきハルニクのマークはチームメイトのコルプに任せて、僕はとっさに、そのストーンの役割としてゴール前で相手のボールを跳ね返そうとした。

相手のキッカーがボールを蹴る。ゴール前にハンブルクの選手たちが流れ込んでくる。その混乱でマークがはずれてしまう。フリーになったハンブルクのポーヤンパロがヘディングで勢いよくシュート。これが決まって、1-1に……。

アディショナルタイムまで含めれば、およそ95分もの間、ピッチにいた全員がハードワークを続けていた。順位ではずっと上にいるハンブルクに勝つという目標のためにみんなが一丸になって戦っていた。それなのに、「ここを守り切れば、みんなの目標が達成される」と力を振りしぼったタイミングで、マークの乱れから失点を招くことになった。

そして、試合後のサポーターへの挨拶のために、控えの選手やコーチ陣がピッチに入ってきたときに、僕はサリッチACと議論を始めたのだ。

ちなみに、そのときの様子は地元メディアにも報じられてしまった。

https://www.sportbuzzer.de/artikel/hannover-96-fehlte-zuteilung-gegentor-in-letzter-minute-gegen-den-hsv/

そのあとはチームメイトにうながされて、ロッカールームに戻ってから、コーチと話を続けた。

1試合のなかで、相手も自分たちもそれぞれ3人ずつ選手を交代できるわけだから、試合前にマークをすることになっていた選手がベンチに下がることもよくある。

もちろん、選手交代に合わせて、選手が各自の判断でマークする選手を決めることも不可能ではない。

でも、コーチングスタッフは選手の何倍もの時間をかけて相手チームの分析を行なったうえで、誰がどの選手をマークすべきかを決めている。そして、相手チームの選手の特徴も理解している。

僕らはコーチングスタッフをリスペクトしているからこそ、指示されたとおりにマークをつくわけだ。試合途中にマークすべき選手が代われば、その指示に耳を傾ける。

だから、僕は言った。まだ試合後の興奮は抜けきっていないから、強い口調だったが。

「相手チームのハルニクをマークすべき選手は、コルプなのか、僕なのか、どっちだったの? こんなミスがあっては、勝てないよ!」

すると、サリッチACが反論した。

「しかし、交代してきたハルニクに決められたわけではないだろう!」

僕はこう続けた。

「いや、いや、そういう問題ではないでしょ! 僕らが考えるべきは、今後、このようなミスが起きないようにすることなのに……」

まわりのスタッフにうながされて、そのあとに話は一時中断した。そして、翌週になって冷静になってからお互いに話をすることになった。

もちろん、僕はみんなの見ている試合後のピッチの上で議論を始めてしまったことについては反省している。ロッカールームに戻ってから話すべきことだった。

ただ、あのとき、どうしても伝えたかったのは、以下のようなことだ。

チームに関わるみんなが、一つでも多くの試合に勝ちたいと思っている。だからこそ、細かいところにまで神経をつかって、サッカーをしなければいけない。

神は細部に宿る。

そんな言葉がよく用いられるけど、それはサッカーの世界でも同じだ。
 
細部までつきつめて考え、取り組んでいるチームは、強い。

試合中の一つのプレーに意識を向けることでミスが減らせるし、一見するとミスだとわからないような小さなミスの積み重ねが勝負を分けるようなプレーに繋がっていく。

ハンブルクとの試合では、選手交代に合わせて、マークがどのように代わっていくのかを、コーチ陣でしっかり話し合ったうえで、チームみんながそれを共有できるようにしないといけなかった。僕とコルプの2人がマークするつもりでいたハルニクにゴールを決められなかったからよしとするのではなく、そのようなミスが起きないためにはどうしたらいいかを考え、実行しないといけない。

やっぱり、チームが勝つのが一番嬉しいのだ。勝つことで、みんなが幸せになれる。

だから、僕たちは細部にまで意識を向けないといけない。

幸いにして、ドイツではチームが良くなるために、積極的に議論したり、意見をしたりすることは当たり前になっている。

逆に、何も主張しなければ、その人はチームが良くなるために何も考えていないと見なされてしまう。

衝突したり、議論をすることにはもちろん、パワーもいる。ときに反発も受ける。もちろん、僕も、今回の経験から、メッセージを伝えるタイミングや、伝え方にはもっと工夫をしていかないといけないと感じた。

でも、みんなが幸せになる勝利のために必要なことであるならば、チームのためを思って、僕はこれからも主張や意見をしていくつもり。

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