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ストライプドバスとわたくし

私の暮らしているアメリカ東海岸の北半分において、ソルトでもっともポピュラーなゲームフィッシュといったらストライプドバス、通称ストライパーだと断言して異論は出ないだろう。日本におけるスズキの立ち位置とほぼ同じと考えてもらっていいと思う。貪欲なフィッシュイーターで、港湾、サーフ、河口、河川まで幅広いフィールドに分布していて、淡白な白身なのもよく似ている。

ひとつ大きくスズキと違うのは、ストライパーは渡り鳥のように、適水温を求めて長い距離を旅する魚だということだ。寒い冬を温暖なキャロライナ沖で過ごしたストライパーは、春の水温上昇とともに数十万の大船団となって、鹿児島から盛岡くらいの距離を、イナゴのように沿岸のタンパク質を食い散らかしながら北上していく。これをスプリング・ランという。

魚群はニューヨーク、ボストン沿岸を通過したのち、涼しいカナダ国境付近まで至って、そこで夏を過ごす。秋の深まりとともに旅団はふたたび移動を始め、今度は大魚群が南下していく。これがフォール・ラン。春と秋に発生するこの確変シーズン中は、ニュースサイトに毎週魚群の位置がレポートされ、近隣のアングラーはしばしの爆釣劇を味わうことになる。

当然ながらすべての魚が最南端から最北端まで移動するわけではなく、スプリング・ランの最中に順次、大魚群から離脱した小さな群れは各地の河川を遡上し、産卵行動に入る。また道すがらの港湾に居着いて夏を過ごす個体も少なくない。一方フォールランでは、今度は河川から降りてきた個体が魚群に加わっていく。もちろん大魚群に加わらずに各地で越冬する個体もいる。ただ種としてのメインストリームはこの渡り行動を毎年繰り返して一生を過ごす。


このストライパーが、高校生以来遠ざかっていた釣りに私を引き戻してくれた。2本の河に挟まれたマンハッタンの水辺を歩いてみると、いたるところで人々が釣竿を垂れている。ほとんどがブッコミ釣りなのだが、わずかにワームの人がいて、ブラックバスブームだった中高生の頃を思い出させてくれた。日本のスズキ釣りを参考にタックルを揃え、しかし最初の3ヶ月は5匹しか釣れずに過ごした。

釣りを再開して3ヶ月が過ぎた頃、俗に言う「開眼」というやつだろうか、水中の様子が3Dで見えるようになって、ストライパーのストラクチュアへの着き方も見えてきて、あと流す釣りがわかってきて、数だけならこのあたりで誰よりも釣るようになった。漫然とやっていてもつまらないので、全匹の記録をつけながら年間1000本という目標を立て、実際には1年と10日かかってしまったが達成し、翌シーズンからは目標をメーターオーバーに切り替えた。

ストライパーはスズキよりやや大ぶりな魚種で、感覚値で言うと、スズキの1.5割増しくらいで同じくらいの希少性があると思う。たとえばスズキの80cmはストライパーの92cm、スズキのメートルはストライパーの115cm、スズキの110cmはストライパーの127cm、うん、だいたいそんな感覚でいいと思う。だからスズキでいうところの87cmを出したかったわけだが、これが苦しかった。すごく。

NYC近郊だと自由の女神前のアッパーベイとかJFK空港の前のジャマイカベイとかがボートのスポットで、フォールラン中ならここでシャッド(コノシロやニシンの仲間)やアメリカウナギの泳がせをやると、メーターオーバーもそれほど難なく上がる。私も一度乗り合いに乗ってみたのだが、指示されたタナにシャッドを落とすとすぐに90オーバーが喰ってきて、数時間後にはメーターオーバーを釣ってしまった。でもやっぱりルアーで、おかっぱりじゃないと納得がいかない。

そうこうするうちだんだんと、大きいサカナと小さいサカナはいる場所からして違うことがわかってきて、1000本釣った家の前のスポットを離れ、開拓の旅に出ることにした。ウェーディングも始めた。ブルックリンやクイーンズはもとより、ストライパーのメッカであるモントーク灯台やケープコッドキャナルまで繰り出した。90オーバーは年に何本も出せるようになったのだが、しかしメートルが出ない。

いらだちを募らせたままままそのシーズンを終え、翌年もメーターオーバーに出会えないまま過ぎていった。実を言うとその頃にはすでにメーターの目標には飽きていて、釣りの目的はスマ(False Albacore)やサゴシ(Spanish Mackerel)、ヒラメ(Summer FlaunderもしくはFluke)など、食味のいい魚種をキャッチ&イートすることにシフトしていた。メーターオーバーに目標を定めてから2年が過ぎた頃、皮肉なものでヒラメ狙いのメタルマルに104cmが食ってきて、あっけなく目標は達成されてしまった。

この104cm、メモリアルフィッシュだけれど苦い思いをしたサカナでもある。ここは海苔でめちゃくちゃヌルヌルした石積みのスポットで、ランディングしたあと針を外したり写真を撮ったり蘇生したりする間、滑って落とすのが怖いのでずっとストリンガーを着けて扱っていた。このストリンガーを付けた写真をインスタにアップしたところ「こいつはリミット以上のサイズをキープしてる」とあらぬ疑いをかけられ、ちょっと炎上したのだった。

というのも、この年からストライパーの持ち帰れるリミットが、28インチ=71cm以上1日1本から、28〜35インチ=71〜89cmを1日1本へと厳格化されたのだった。これはストライパーの小型化が報告されたため、大型個体の遺伝子を残すためのルール変更。アメリカの釣り業界が日本よりずっと厳密にサイズリミットとバッグリミットを設定して資源保護につとめていることはよく知られているが、一方で守らない人はまじでお構いなしだ。そして守る人たちの間にはいつも、正直に守ってバカを見ていることへのフラストレーションが鬱積している。

そこに私が、通念的にはキープのために使うストリンガーの付いた写真でランカー自慢をしたものだから、反感を買ってしまった。完全な冤罪だったけれど、一度火がついたものはどうしようもなく、投稿を削除した。ここに貼って成仏させたいと思います笑。なおサイズリミットは2024年から28〜31インチを1日1本と、さらに厳しくなった。


ところでどんな釣法でストライパーを釣ってるかだけれど、私の家の近所を流れるイーストリバーでは、地元ルアーマンの9割近くが1ozのラウンドジグヘッドに5インチのピンテールワームのコンビネーションで、ボトム付近をドリフトさせて釣る。ソルトウォーターアサシンというブランドがいちばん人気で、ただ釣りたいだけならばこれがもっとも合理的で確率が高いし財布にも優しい。

上がバックテイルジグ、下がソルトウォーターアサシンの5"ピンテイル

広く国全体で捉えた場合は、バックテイルジグが最大勢力だろう。バックテイルとは馬の尻尾の毛のことで、日本ではまったく人気がないけれど、アメリカでソルトルアーというとあらゆる魚種に用いられるオールマイティなアイテムとして愛されている。そして実際、ストライパーもブルーフィッシュもヒラメもバラクーダもグルーパーも、なんでもよく釣れる。

サーフだと1.5を中心に1ozから2oz、流れの強いところだと3ozまで使う。単体でも使われるけど、大型を狙うならトレイラーを組み合わせるのが定番だ。ストリップと呼ばれる人口皮革が定評あるのだが、拾ったゴミのような見かけで、こんなので釣れるのかよと思ったりするが、これがリアルなワームより釣れたりする。たまに豚の本革のストリップを使ってる人がいて、こだわってるなーと思う。


少し話を戻して、私がなぜいきなり誰より数釣りできるようになったか、理由は単純で、日本のタックルと日本のメソッドを適用したからだ。アメリカの釣りは基本的にランカー狙いがメインストリームで、日本のライトゲームみたいな考え方は人気がない。精神性の問題もあるだろうけど、いちばんは先述したサイズリミットの影響だろう。こまいサカナを釣ったところで持って帰れないのでつまらない。小さいルアーなんて時間の無駄、という考えが主流だ。

しかし当時の私はフッコだろうがセイゴだろうが釣れりゃうれしかったので、ルアーサイズを落とした。具体的に言うとコアマンVJの導入である。これがもう、アホみたいに釣れた。VJに飽きて封印してからはエアオグル85SLMとドリフトペンシル90のドリフトがハマった。巻きの釣りでいちばん釣らせてもらったのはセットアッパー97S-DRかな。1000本達成はこのへんのルアーに多いに助けてもらった。

目線をランカー狙いに変えてからは、当然ながら使うルアーが変わった。ローカルビルダーが作るウッドプラグを愛好する友人ができて、メタルリップ、ダーター、ポッパーなんかのおすすめをいろいろ教えてもらったけど、どれも3ozクラスが主流で自分のタックルにはヘヴィすぎた。ただ釣り方はすごく参考になって、やっぱりうまい人はデッドスロウでのドリフトがうまい。それでたどり着いたのがストリームデーモンだった。

オリジナルのストリームデーモンにはなんかちょっと特殊な吸引力がある。80オーバーの半分以上はデーモンで出してる。ただ向かい風にひどく弱いという難点があって、この時期はとにかく「飛距離が出るストリームデーモン」が存在しないだろうかと、デーモン180、コスケ170、ハイスタ180、ラムタラジャイアント、カゲロウ155、K2F162などを試しまくったけど、結局代わりは見つからなかった。どうしても飛距離が必要なときはレイジーファシャッド120が助けになってくれた。


ところでこの時期にひとつ、大事なことを学んだ。「釣り場はいつまでもそこにあるとは限らない」ということだ。当時、私はコニーアイランドインレットという入江にできた、開業前のフェリー停留所をメインのスポットにしていた。このストラクチュアはサイズが狙えるのと、公共交通で行けるのと、なのに混まない、と何かと都合がよかったのだが、2022年末にフェリー計画が中止になり、ある日通りかかったら、あるはずの停留所が消失していたのだった。建造物がなくなってるって実際に体験するとけっこう呆然としますよ。動画は停留所が曳航されていく様子。


ストラクチュアがなくなってしまったことでベイトもストライパーも滞留しなくなり、それどころか工事の影響か入江全体へのサカナの入りも激減してしまい、もちろん他にもジャマイカ湾奥とかゲリットセンインレットとか手持ちのスポットはいくらでもあるのだけれど、あそこまでの好条件はないと思うと、なんだか急速にストライパーへの情熱が冷めていくのを感じた。先に書いた、青物へとターゲットがシフトしていった要因のひとつであったことは間違いない。

いちばんひどいときは週に9回も釣行していたストライパー三昧の日々は過ぎ去ってしまったけれど、しばらく釣りに行けてないとき、もしくは新しいタックルのテストなんか、家の前でぱっと釣れてくれるのは励みにもなって、とてもありがたい。なにより他の釣りをするときにも考え方の基準となってくれる、自分にとってのホームポジションというか地元のツレみたいな存在が持てたのは、少し大げさに言うと私の魂にとって慰めとなってくれているように思う。そんなサカナです。

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