『同志少女よ、敵を撃て』コミカライズによせて

 私が鎌谷悠希さんの作品と出会ったのは、もう10年以上も前のことになります。2013年のある日書店へ行って、ふと手に取った一冊が、『少年ノート』の第一巻だったのです。青い空と桜に覆われた地面。こちらを向く一人の少年の姿が印象的で、私はその一冊を、そのままレジへ持って行きました。
 普段、このようにして何の前情報もなく漫画を買う、ということはあまりしない方なのですが、不思議と『少年ノート』の一巻は、手に取っただけで、なにやら自分に「これは素晴らしい作品に違いないぞ」と確信させたのです。
 そして家に帰って読み進めると、その確信はまったく正しいものでした。『少年ノート』は素晴らしい作品でした。まだ自らの外殻をなす「確かな形」に出会う前の少年少女たち。彼らの向き合う現実。本人には有無を言わさず押し寄せる、青少年期の変化。それに動揺し、困惑しながらも懸命に向き合う主人公たち。それを描く、流麗で繊細な絵のタッチ。
 すべてが超一流と感動し、私は心臓をわしづかみにされました。
 ここから鎌谷さん作品の素晴らしさを書いていたら何万字書いても足りないのですが、ともかくすっかりと鎌谷さんのファンになった私は続く『しまなみ誰そ彼』にもさらに心を掴まれ、完全に鎌谷作品の虜となったのでした。

 時は流れて2021年、私は小説家としてデビューしました。
 デビュー作、『同志少女よ、敵を撃て』に最初にコミカライズの話があったのは、本件とは全く別の相当早い段階であり、確か、時期はプルーフ(出版前の見本)が出回ってから本が出版されるまでの間。早川書房とはまた別の出版社からのオファーが最初でした。
 私はあまり乗り気ではなかったことを覚えています。私の書いた小説はあくまでも小説の時点で完成しているわけで、私はなんらかの「原作」を書いたわけではないし、それとは別に、ビジュアライズにある種の危機感を持っていたことも確かです。若い女性が銃を持って戦う姿が漫画になると、自分が慎重に避けようとした「性的フェティシズムを伴う何か」に到達してしまうのではないか……。というような懸念がありました。

 さらに少し時は流れて2022年の春頃、早川書房の皆さんと食事をするある席で、『ヒラエスは旅路の果て』の連載中であったからか、自分の作品とは全く別の話として「鎌谷悠希さんがいかにすばらしい漫画家か」ということを延々としゃべっていたことがありました。そのとき、早川書房の方が一言おっしゃいました。
「鎌谷悠希さんが『同志少女』をコミカライズをするのだったらどうです?」
 その瞬間まで、自分は「自作のコミカライズ」と「鎌谷悠希さん」を関連付けて考えたことは一度たりともなかったのですが、言われて初めて思いました。
「あれ? それは素晴らしいのでは?」
 画力は言わずもがな申し分なく、そしてなにより、「戦争とジェンダー」という自分が提示しようとしたテーマを描くにあたって問題意識を正確に把握し、紙面上に表現する方は誰か、と考えたとき鎌谷悠希さんはこれ以上ない人であるように思えました。
 そして「鎌谷悠希さんがコミカライズをする」という事態をリアルに想像すると、いままでの懸念とはむしろまったく違う思いを感じました。
 それであるなら、むしろ自分自身がとても読みたいな……。

 というわけで私はにわかに乗り気になり始め、早川書房の皆さんは鎌谷さんに連絡を取ろうと試みます。しかし私は内心、別の心配がありました。
「そうはいっても作風が全然違うんだよな……」
 鎌谷さんが手がけてきた漫画作品に近代戦争ものはありませんし、鎌谷さん作品の登場人物に狙撃兵が登場した記憶もありません。いくらなんでもお断りされるかも、という懸念はありました。
 色々な幸運もあって早川書房から鎌谷さんに連絡がついたそのとき、なんと鎌谷さんはまさに『同志少女』を読んでいる最中でした。そして返ってきた答えは、作品の評価としても、そしてコミカライズのオファーの返事としても非常に嬉しい、前向きなお言葉でした。小説家と漫画家がともに乗り気になることで、おどろくべき迅速さでコミカライズは決まりました。その過程で鎌谷さんご本人にお会いできたこと、そして会話を通じて作品に対して同じ問題意識を共有していると実感できたことは、何よりの収穫でした。
 ビジュアルをつけるからには軍装や兵器方面のチェックも必要で、それは私だけでは心許ないと思っておりましたが、力強いことに、速水螺旋人さんか参加していただけることになりました。
 さてコミカライズの記念もかねて、『同志少女よ、敵を撃て』には、鎌谷さんの絵による新たな帯が世に出ることも決まりました。世に言う「全面帯」というこれは、帯の一種ですがカバーのように既存の表紙全体を覆うため、あの素晴らしい装画を描いてくださった雪下まゆさんにも許可を求める一報がはいることになりました。
 最後のサプライズはここで起きました。なんと雪下まゆさんも鎌谷悠希さんのファンだったのです。
 しかも『隠の王』からだというから、私よりもファン歴が長いことになります。すごいことってあるものですね……。
 そういうわけで原作者である私、漫画を描かれる鎌谷悠希さん、最初に絵をつけてくれた雪下さんの三者が全員幸せという、大変喜ばしい状態でコミカライズが始まることとなりました。
 望みうる限りすべて最高の条件の下はじまるこのコミカライズに対して、私に一切の不安はありません。
 鎌谷さんの筆で描かれる、セラフィマやイリーナ、すべての登場人物たちをただ見届けたいと思っています。
 このコミカライズを楽しみにしているのは、誰よりも私なのです。
2024年7月4日 逢坂冬馬

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