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240302 半分休日の過ごし方

早めに退社して、寒い寒い裸押し合いまつりの地へ向かった。
道中吹雪いていて大丈夫かと不安に思ったが、つくと雪は止んでいた。
意気揚々とゴープロを買って乗り込もうと考えていたのだが、道中ゴープロを撮影させながら運転していたらついた頃には電池が0となっていた。
しょうがなくゴープロをワーゲンのなかに置いて、寺へと寒い寒いと言いながら向かった。ついたのが20時を過ぎていたので、向かう最中には帰宅のとにつく集団とすれ違った。まつりにひとりでさまよっている人などいないことを久しぶりに思い出した。集団、集団ばかり。ひとりなど迷子なのかもしれない。
寺への道には50店舗ほど出店が出ていて、まつりらしさを表していた。
寺の門をくぐると福餅撒与終わっていて 今年は取れなかったなぁ という声が聞こえてきた。
おしそらく4年ぶりくらいに訪れた。その頃の記憶と実際に見た情景には差異があり規模が小さくなっていた。また、まだ寒い3月に行われているのに、なぜか記憶では寒かった記憶がなかった。寺の敷地に入ってそれを思い出した。このまつりは別名 ローソクまつり と言われていて、各講中の名や協賛企業の名が刻まれた50cm程の大ローソクが本堂内や敷地内に設置されていたのだ。
本堂内も、記憶では入れないぐらい人が押し寄せて、中央では男たちが押し合っていた。実際は、本堂内には楽々入れたし、男たちは思ったより押し合ってなかった。
これが思い出補正なのか。
記憶の〇✖問題の解答が出たので、まつり自体はまだ2時間くらいあるのに、帰ろうと思った。帰る途中敷地内で最後の弓張撒与が行われるということで、眺めていた。記憶では、寺の屋根の男たちが まくぞ まくぞ と大声をあげ 下にいる人々が まけや まけや と大声で返す。周りは青年団や警備の人が、ロープで会場を仕切り、危ないから観客は近づくなと警備していた。実際は声は小さく参加者は10数人しかおらず、会場はロープでしきられず、あまり緊張感がなかった。私は、警備員の横を通り抜け会場にはいり、途中から参加し弓張の一部をとることができた。
こんなに楽にとれたのか。たしか弓張は、弓張の一部でも良いので田んぼにさすと豊作になつ縁起物。
記憶との差異は、もしかしたら21時頃の遅い時間だったからかもしれない。
もしかしたら、これが思い出補正かもしれない。


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