6月・コバトンカフェ・日記

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機嫌がいいので、5日間はいたシューズをウタマロ石けんで風呂のときごしごしと洗う。もう一足買って「靴を休ませる」の靴にしたい

暑すぎて今日が給料日だということを忘れていた
もうぜんぜん若くないのに、靴を買う、のとき一回「口座」とおもってしまう

https://twitter.com/nmnoy/status/1497081719463497730?s=21&t=tFAgysdRwoV2MlPuRVzXSw

ナミキさんのこのツイートを見てから、「なんでこの人はこんなことを言うんだろう」時(じ)のやりきれなさに思いかた、みたいなものが続くようになった。ありがとうございます

「底辺」とか「〜なやつは人権がない」とか、強い言葉をショットグラスの酒みたいにあおってる人には「それ酒ですよ」を思っていきたいし、シラフのその人と仲良くなりたい場合は同じことを声に出して言ってもいい、

たとえでばっかり喋ることで遠くなることもあるが

利用してる駅併設の駐輪場にいるおじさんが、自転車を停めたあと駅にのぼっていく利用者に「いってらっしゃい」というのが心底すきじゃない。

この町のみんなのお父さん みたいなロールに就こうとしないでほしいと思う。
利用者である自分たちから「お父さんに接するようなときの感じ」を搾取しようとする振る舞いで、私はぜんぜん「ほのぼの。」みたいなひとときをあなたに感じてないです、ということを伝えたい気持ちがある。

「お父さん」をする機会を人生で持てなかったから、朝の駐輪場でくらい「みんなのお父さん」をやってみたい、ということならまだわかる。じゅうぶん勘弁してほしいけど。でも、現実世界のどこかの時点で「お父さん」だったことがあって、そこからさらに「追い」でここでも「みんなのお父さん」をやろうとしてるならそれは二重取(ど)りってもんだ。あなたが混ざれる他人の人生のワンシーン、そんなものは無い。


7月から、ちょっと思ってるのは、正方形の付箋を持ち歩いて、電車内で足をグワァ〜みたいに広げてるおじさんとかに、「足を閉じろ」みたいに書いたそれらを肩とかに貼って降りる駅にダッシュで降りていく、みたいなことをやろうかな、となっている。おれももうおじさんで、誰がどうみても迷惑なおじさんは今後直りそうにもない悪しきおじさんだ。最悪、おじさんどうしの相討ちなら、そのさまが誰かにはスカッとして見えるくらいのところまでなら持っていけるんじゃないか、と思う。残りの人生を、おじさんを良くする かおじさん同士で相討ちするところをみんなに見せる に費やしてもいいんじゃないか。

正方形の付箋を持ち歩く。

陰口や、ネットで消費していいねをもらう、みたいなことから手をひく。
迷惑なおじさんには、正方形の付箋でそのことを言う。言った後は逃げる。

ちょっと、考えている。

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