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心臓


あー、と思った。

自分は心臓で死ぬと思う。

アイスコーヒーや缶での飲酒が増えるのが夏とはいえ、速くなるのが増えている。たのしくてさわる。うすい胸毛。深呼吸を60秒。何もできなくなるくらい苦しいわけではないが、してることを止めるくらいには異変だ。

近いのは、くしゃみが出そうなときの人。

人さし指と中指・立てた親指・曲げた薬指・みたいに空中にピーンとさせながら


「あー、出そう。 出そう、」

みたいになんというか〈首の位置と目線の高さを固定〉でフガフガ言ってる秒数があるでしょう。「ちいかわ」の栗まんじゅうみたいな眉間のシワで。
心臓が速くなると、あのときみたいな首固定と目線確定な顔になる。
写メ撮られたくねぇな。
キングクリムゾンみたいになってるはずだ。

今なら死んでも、24時間以内には見つかる。
近くの棟に母親が住む。毎日、この部屋のソファーに座って、外を眺めにくるから。うちは眺めがいいし。おれが出勤したあと。部屋で死ぬにはいい時期。2年後は分からない。
そのころ母は地元の波照間島へ戻っている。

出勤のリュックに水筒が2本入っているようになってもう6年くらいなのか。アイスコーヒーとお茶。か、水(みず)。左のサイズにコーヒー。右にお茶か水。

実際にはこういう名前じゃないけど、アストロ運送で働いてたころは右と左が逆だった。
アイスコーヒーを、右の量で飲んでいた……

コーヒーって、いつから自分の生活に入ってきただろう。

高校のときは飲んでなかった。

今 高校生なら、机の脚のところにクラフトボスのペットボトルを置いて、それをたまに飲みながら、公民の授業を受けると思う。かっこよさそうだから。コーヒー関係ないけど、小学生だったら黒地に、黄色い字とかで「TOBACCO」と縫ってあるキャップをかぶると思う。かっこいいから。
ちょっと挑発的で。

吸うと駄目な年に、親のをこっそり吸う、とかでなくタバコと書いてある帽子をかぶっている。おでこで〈攻撃の予告〉をするのだ。
ヨーヨーで戦う敵くらい、そいつぁ 格好いいだろう。いま小学生だったらなぁ。


高校のとき、「自分は最近、コーヒーを飲んでいる。」と同級生が言い出したことがあった。
なんとなく、カミングアウトの言い方だった。

6組のやつ。

6組にいて、4組と5組と6組の男子は体育の授業を同じくして行うくくりだったためか、仲が良(よ)めだった。昼休みの教室。そこでは、全部のクラスに、全部のクラスの男子がいた。弁当を食っていた。

そこでの自分にクラフトボスを飲ませるところは思い浮かばないから、先述の「かっこよさそうだから」の自分は、女子に向けたものだったことが書きながらわかる。
そういうのもとうぜん見抜くのがあの性別だろう。

そんなことを企まずして、クラフトボス公民授業男になってたかったなあ。
向井理みたいなツルツルの塩顔で。こんな出会い厨みたいな顔じゃなくてさ……

「自分は最近、コーヒーを飲んでいる。」と打ち明けてきた同級生はあだ名を【ちぶー】と言った。

チビで太っているからで、中学のときかららしかった。中学のときは毎回毎回、怒ってたのだろうか。そう呼ばれるたびに。

そう呼ばれたことに→怒ることも→飽きてきて→呼ばせている、のゾーンに着いているあだ名、の風合いというのがあるよね。不思議と穏やかな本人。呼び続ける、民度の低い周囲。
そんな彼らをひっくるめ積もった友情の歴史……

おれが【ちぶー】なんて言われたら、中1のとき投票で級長に選ばれたときくらい叫び狂うと思う。

「自分は最近、コーヒーを飲んでいる。」とチブーは言った。

「夜 試験勉強とかしてるときに。」

そう打ち明けたあと、チブーは、「だからか最近、ヒゲが濃くなってきたさ」と語った。

「大人ってコーヒー飲むからひげ濃いのかな。」

やさしい語り口の男だった。

書きながら胸がしめつけられそうだ。

ベジータにも飛影にも呂布カルマにもチバユウスケにも、もう今はそんなになりたくないが、このチブーという男にはちょっとだんだんなりたい。

じゃあもう「チブー」じゃないな、あだ名は、とショウゴが言った。

「『ひげー』だ」

「伸ばせばいいと思ってるだろ」

チブーにもショウゴにもなりたい。
そんなのはすげぇ不思議だ。

自分は、心臓か戦争で死ぬと思う。