パラテコンドー代表選考会(サンマリエカップ)の感想

 先日、パラテコンドーの日本代表選考会が行われました。非常に面白かったので是非、多くの人に注目して欲しいと思う訳です。

動画は20:45あたりから第一試合が始まります。やっぱり実況があると盛り上がりますね。パラじゃないテコンドーの全日本選手権でも実況有で動画配信やって欲しい物です。

一試合目から大激闘! 田中光哉選手が兎に角強い!

 第一試合のVS阿渡選手を見て、まず最初に凄いと思ったのは田中選手の体幹の強さでした。体幹が強いから蹴りと蹴りの繋ぎ目に無駄が少なく、開幕から前足を上手く使い、カット蹴りプレッシャーを掛けて後ろ足の回し蹴りで2ポイントを先取しています。

 この連続蹴りも、健常者だと腕でバランスが取れるので、体幹が弱くても上肢を上手く使って姿勢を保つという誤魔化し方が出来るのですが、パラテコンドー場合は本当に体幹が強くないと出来ない様な連続蹴りでした。

 更に、最初の田中選手の中段蹴りでの2ポイントの後、阿渡選手は前足を出してるのですが、これに対して前足をぶつけていき、上手く捌いてました。この時に上半身が全く崩れないので、相手選手からすると攻めにくかったんだと思います。それが、動画でいう22:50~の転倒のポイントに繋がってきます。

 前足でプレッシャーを掛けて来る田中選手に対して、カウンターの後ろ蹴りを狙った阿渡選手。パラテコンドーでは後ろ蹴りは3点(健常の場合は4点)なので、決まれば逆転出来て、尚且つ田中選手は前足を使い難くなるという技でした。しかし、田中選手は冷静に回転する阿渡選手を前足で押して転倒させ、減点により3-0という状況を作ります。これも、電子防具にしっかり入っていれば5-0になっていてもおかしくない蹴りでした。

 その後の攻防でも前足でプレッシャーを掛けて、後ろ足の回し蹴りで取って(開幕の2点と同じ取り方)5-0。かなりアグレッシブに田中選手が先手先手を取って仕掛けています。

 その後、(動画では23:35~)クリンチ際に近距離の蹴り合いで2点返されて5-2。この時の攻防、阿渡選手のショートの回し蹴りが鋭いです。
 ミドルレンジ(中間距離)・ロングレンジ(遠距離)と田中選手が前足を上手く使って支配しているので、阿渡選手としては果敢にショートレンジまで詰めて蹴り合う事で活路を見出していきます。

 ただ、田中選手はショートでも強い。(動画では24:50~)強引に入る阿渡選手を真っ向から受け止めて蹴り合い10-6で点差を縮めさせず、更に距離が離れた所で後ろ足からロングの蹴りを当てて12-6と点差を広げます。その後、ミドルレンジでのカウンターで点を取り14-6で1ラウンドが終了。

 2ラウンド目も中・遠距離を相手に支配されてて、かつショートに持ち込んでも厳しい打ち合いを強いられるとなると、阿渡選手としてもかなりの厳しさを感じる所です。20-6まで点差が広がります。ただ、田中選手も体力を消耗し、やや雑になった所で阿渡選手が冷静に前足のカウンターを2発決めて20-10。しかし、その後も田中選手は間合いを支配し続けます。

 阿渡選手は体力があって2ラウンド中盤以降でもスピード感のあるステップと蹴りの勢いは全く衰えないのですが、距離をコントロールされて空を切ります。この辺りは田中選手の方が8cmも背が高いという身長差が如実に出てしまいます。リードを広げて30-12で2ラウンド目が終了。

 そして迎えた3ラウンド目(動画では30:50~)が熱い! 心が折れてもおかしくない展開の2ラウンド。しかし、阿渡選手はサイドへの鋭いステップからの蹴りや、攻めの後ろ蹴りなどアグレッシブに動いて点を取るなど、強引に得点のチャンスを作り続けて田中選手を追いかけます。最終的には激しい打ち合いを制した田中選手が2ラウンドまでに作ったリードを更に広げて48-24で激闘を制するのですが、最後の最後までペースを落とさずに攻め続け、鋭い蹴りを見せ続けた阿渡選手のガッツは目頭が熱くなりました。

太田渉子選手を発見した協会は偉い!

 パラリンピックスキーのメダリストで、バイアスロンではワールドカップ優勝経験もある太田渉子選手。引退後の太田選手を口説き落としてパラテコンドーに転向して貰ったのはテコンドー協会のお手柄でした。セコンドには前強化委員長で東京屈指の名門道場、東京憲守会の小池師範がついたエキシビジョンマッチ(動画では51:52~)。対戦相手は健常者のテコンドー有段者。

 3ラウンド開始時で7-10で負けている状態から、最後は捲るだけ捲って13-12で接戦を制する勝負強さは圧巻です。流石に他競技とはいえ国際試合で何度も表彰台に上がっているトップアスリートだけあって、気持ちの強さや勝負強さは流石の一言です。

パイオニア伊藤力選手は偉大だった

 生物学では荒れ地に入ってきて最初に育つ植物をパイオニアと言うらしいのですが、まさに伊藤力選手は日本パラテコンドー界と言う何もない荒野に最初に現れたパイオニアでした。

 初戦はvs田中光哉選手(動画は1:22:00〜)で、伊藤選手は15-38で敗退してしまうのですが、この試合、点差と実力差は別で考えて見て欲しいと思いました。試合のプランとして伊藤選手はカウンター主体の待ちのファイターであり、田中選手は攻めのファイター。特に1ラウンド目は伊藤選手が距離とタイミングを支配して僅差ながらリードを守った状態で終えることが出来ました。純粋な駆け引きでは経験に勝る伊藤選手に分がありました。

 しかし、1ラウンド後半から田中選手が物量戦術に出ます。カウンターの名手である伊藤選手に的を絞らせ切らないために徹底的にプレッシャーを掛けて攻勢に出ます。カウンターを貰ったとしても潰して取り返してトータルでプラス収支を狙う田中選手の猛攻でした。結果、作戦が功を奏し、伊藤選手のカウンターは鳴りを潜めてしまいます。田中選手がプレッシャーを終始掛け続けることで伊藤選手の体力を削り切ったのです。結果、2ラウンド目以降は伊藤選手の蹴りのキレが見る見る悪くなっていきました。これではカウンターも取れません。

 伊藤選手は確かに敗退しました。しかし、燻銀の光る技術を随所に見せてくれる試合だったと思います。田中選手には敗れた選手達の分も、パラリンピック本番ではメダル獲得に向けて頑張って欲しいと思いました。

判官贔屓ですいません。(工藤選手vs星野選手)

 男子75kg級(動画では1:52:00から)も熱い試合でした。工藤選手はこの階級の体付きの選手で、身長は180cmも有る選手です。一方、星野選手は明かに下の階級の体型でした。道場の他の選手と別階級に分けたかったからなのか、重い階級での出場。身長もフィジカルも圧倒的に工藤選手の方が有利でした。

 さらに言えば工藤選手は強い選手です。国際大会でも結果を残している選手で、兎に角、一発一発の蹴りが重い。特にショートの回し蹴りは星野選手の腕を折りにいくような強烈な蹴りでした。しかも、落ち着いて対戦相手を見ることも出来る選手で、特に3ラウンド目に逆転された星野選手が雑に攻めてきたのを捌いて10-5まで差を広げた場面は圧巻でした。工藤選手の様に取れ時に確実に得点が取れる選手は強いです。

 そんな圧倒的フィジカル差のある相手に一歩も譲らぬ戦いを見せた星野選手。日本パラ選手最高と言っても過言ではない技術力の高さが光りました。特に3ラウンド後半の戦い方は本当に感動しました。横浜の名門、炫武館でさらに技術を磨き、2024パリパラリンピックでの活躍を期待したいと思います。