蹴りの歴史(テコンドー)

 40年代に青濤館で唐手を学んで渡米したジョン・リーがインタビューの中で「当時は前蹴り・横蹴り・二段蹴りと言った蹴りしかなかった」と述べているように、1940年代当初の韓国空手界で使用されていた蹴り技は日本の空手と大差ありませんでした。しかし、青濤館の三代目館長を務めた嚴雲奎が「後ろ横蹴りや後ろ回し蹴りと言った蹴りを作ったのは自分である」とインタビューに答えている様に、空手・唐手が韓国に定着する中で韓民族(朝鮮民族)の気質に合う形で蹴り技が発達していった物と見られます。

 蹴り技が発達した要因について、韓国の小説家、孫志尚氏はTwitter上で元々朝鮮半島での喧嘩は平壌以北の地方ではパッチギ(頭突き)が多用され、ソウル近辺では蹴りが多用され、南部ではシルムのような組技が多用されていた事を指摘していました。朝鮮半島では多くの場合に喧嘩が始まると跳び蹴りか前蹴りで頬を蹴っていたとされ、元々、喧嘩で使われていた名前さえなかった蹴り方がハプキドーや古いテコンドー(70年代以前の競技化される前のテコンドーの事)に導入されたので、空手とは違った身体の使い方の蹴りが増えていったようです。

 さて、テコンドーという名称を得て最初に出版された教本は1959年に崔泓熙※が出版した「テコンドー教本」でした。この教本に登場する蹴りは、以下の16種類でした。
 
前蹴り(앞차기)、横蹴り(옆차기)、後方蹴り(뒤로차기), 回し蹴り(돌려차기), 押し蹴り(눌러차기), 膝蹴り(무릎차기), 二段横蹴り(이단옆차기), 二段回し蹴り(이단돌려차기), 二段高蹴り(이단높이차기), 三角跳び蹴り(삼각뛰기), 跳び蹴り(뛰어넘기), 連続蹴り(연속차기), 空中蹴り(공중차기), 両足蹴り(두발이동), 歩き蹴り(걸어차기), 足挙げ(발올리기)
 
※    ただし、近年の韓国の歴史研究によれば青濤館・吾道館の若き指導者だった嚴雲奎、南泰熙、玄鍾明の三人の協力が非常に大きかったことが明らかになっている。これは出版の前月に陸軍士官学校で配布されたテコンドー教本という同名の教育用教材(嚴雲奎、玄鍾明、パク・ヘマン作)と重複する内容が非常に多い為である。
 
後ろ回し蹴りやターン蹴りと言ったテコンドーの特徴となる蹴りはここではまだ登場していません。その一方で、後ろ蹴りに関しては既に跳び後ろ蹴りが乙支(ウルチ)型に登場している事から1959年当時のテコンドーには存在した蹴りである事が分かります。
また、後ろ回し蹴りについては日本テコンドー協会本部道場で師範を務めていた李在憲はインタビューの中で1963年にテコンドーを始めた当時から後ろ回し蹴りが存在したと述べていたり、在韓米軍の軍人が1960年~1965年頃に撮影した武徳館の動画ではフリースパーリングや一歩組手の中で後ろ回し蹴りが登場していたりする事から1960年代の初頭には後ろ回し蹴りはポピュラーな技術として広まっていたと推測され、1963年の全国大会では「当時使われた蹴り技は主に横蹴り、回し蹴りであったが、全羅北道(尹快炳率いる智道館)など一部の選手たちは後ろ回し蹴りも使っていた」という記録が残されています。
ただし、後ろ回し蹴りを誰が作ったか? については諸説ある状態で、青濤館の嚴雲奎は自分が作ったと後年のインタビューで答えている一方で、パク・ジョンテ師範が1965年にドイツ普及中に開発した技術であるという説もあります。また、「YMCA拳法部とそこから派生した章武館で考案された技術であり、空手式の蹴りというよりも中国拳法からの影響を強く受けたような蹴り方なのはその為である」とする説もあります。現在のITF系のテコンドーの後ろ回し蹴り(パンデトルリョチャギ)とWTF系のテコンドーの後ろ回し蹴り(ティフリギ)の蹴り方に大きな違いがみられる事から、パンデトルリョチャギは青濤館もしくは吾道館で発生し、ティフリギは章武館で発生し、シンクロニシティ的に異なる場所で同時発生した技術とも考える事も出来そうです。
 
1965年に崔泓熙(チェホンヒ)将軍が執筆した英語版の「Taekwon-do Text Book」には次のような蹴りが掲載されています。
 
※ 〇印は1960年に出版された松濤館空手を英語で紹介した書籍「Karate: The Art of Empty-H​​and Fighting」(著:西山英峻)にも含まれる蹴りを意味します。
砕き蹴り(チャプシギ)
・前蹴り(アプチャプシギ)〇
・回し蹴り(トルリョチャプシギ)〇
・後ろ跳ね蹴り(ティッチャプシギ)※後ろ蹴りと異なり、踵を下から突き刺す蹴り。
・捻り蹴り(ピットロチャギ)
踏み蹴り(チャパプキ)※踵で相手の足を踏み抜く蹴り〇
突き蹴り(チャチルギ)
 ・横蹴り(ヨプチャチルギ)〇
 ・後ろ蹴り(ティッチャチルギ)〇
圧縮蹴り(チャムルギ)〇※膝関節などを足裏で踏み抜く蹴り
・内側蹴り(アヌロチャギ)※中国拳法の斧陣脚に相当
・外側蹴り(パクロチャギ)※関節を狙った足刀での下段横蹴り
連続蹴り(ヨンソクチャギ)※蹴り足を下ろさずに上記の蹴りを繰り返し行う蹴り
後ろ回し蹴り(パンデトルリョチャギ)
跳び蹴り(ティミョチャギ)
 ・跳び前蹴り(ティミョアプチャギ)〇
 ・跳び回し蹴り(ティミョトルリョチャギ)※回転は加えられていない
 ・両足蹴り(サンバルチャギ)※跳び蹴りをして両足の踵で相手を押す蹴り
 ・跳び横蹴り(ティミョヨプチャギ)〇
 ・跳び高蹴り(ティミョノピチャギ)※高い所を蹴る跳び前蹴り
 ・空中蹴り(トルミョチャギ)※空中で回転して蹴る跳び横蹴り
掴み蹴り(ブチャプコチャギ)〇※相手の肩に手を掛けてもう一人の敵への蹴り
突き蹴り(チルミョチャギ)※跳びながらパンチと蹴りを同時に出す
水平跳び横蹴り(ティオノモチャギ)※障害物を飛び越えての跳び横蹴り
上げ蹴り(チャオルリギ)〇
 ・前上げ蹴り(アプチャオルリギ)〇
 ・横上げ蹴り(ヨプチャオルリギ)
 ・半月蹴り(パンダルチャギ)〇※外から内に回す蹴り。防御に使うと説明有り。
波蹴り(トロチャギ)※空手で言う波返し。
妨害蹴り(チャモンチュギ)※押し蹴り・横蹴り問わず、現在で言うカット蹴りに相当。
鉤蹴り(コイチョチャギ)〇※突きの腕関節などを狙った低いパンダルチャギ。
足払い(コロチャギ)※現在は掛け蹴り(裏回し蹴り)に使うが当時は足払いに使った。
 
また、1965年の教本には存在しない踵落とし(ネリョチャギ)についてですが、「1972年、ハ・ソククァンという選手が初めて試合で使って優勝した」とする証言があることから、70年代の初めにオルリギ系の蹴りを元に作られたものと推測されます。
ターン蹴りの起源は定かではありませんが、1965年~1968年の間に国技院のプムセ制定委員会で作られた天拳プムセの中に中国拳法の旋風脚が360度跳び半月蹴りとして登場している事から、この頃までには中国拳法経由(彰武館系の道場で指導されていた小虎(ソーホ)燕(ユン)、あるいは武徳館で少林長拳という名前で指導されていた形の中に旋風脚が登場しており、前者は尹炳仁が満州で学んで取り入れ、後者は華僑との交流の中で取り入れたものとみられる)でターン蹴りの原形となる蹴りが流入している事が分かります。1970年代のスパーリング動画と見られる映像にはターン蹴りが登場している事から、試合などを通じて道場の垣根を越えて普及が進んでいったものと見られます。