読書感想文 探偵は絵にならない (森晶磨 著)

 殺人はない。犯罪者を追うわけでも、追われるわけでもない。
 この本は、スランプのただ中にある画家の青年が、ほんの少しの謎から始まる感傷的な4つの短編を収録している。探偵はいない。きっと、絵にならないから。
 濱松蒼は浜松の高校を卒業する直前に、彼女・フオンを連れて画家になるために東京に出る。フオンはダンサーを目指す。蒼は画壇にデビューして注目される新人になるものの、すぐに落ちぶれる。フオンは少しずつ認められつつあるものの、思ったようには活躍できない。そして10年。ある時、突然、フオンがいなくなる。蒼は、浜松でアロマサロンを経営する友人・小吹蘭都の家に転がり込む。しぶしぶ、浜松に戻るのだ。そして、過去の自分と遭遇する。
 成長とは、何を意味するのだろうか。人は子供の時に無条件で獲得したものを、時が経つにつれて喪失していく。その喪失を乗り越えることが成長だろうか。あるいは、喪失を埋め合わせる何かを新しく獲得することが成長だろうか。おそらく、どちらも違う。成長とは、喪失したものを明示的に自覚することだ。そして、喪失していないものを確認することだ。4つの短編は、謎を追うなかで、蒼が18歳までの思い出を回想し、喪失したものを自覚する物語だ。故郷、父、母、指導者。どれも、もう戻ってこない。それが分かるからこそ、人は前に進むことができる。そして、喪失していないものがあるからこそ、人は後ろを向かずに進めるのだ。蒼、フオン、蘭都の3人は、それぞれに成長する。
 蒼は、謎を解いているようでいて、実は全体像が見えない。全てが終わった時にやっと、蘭都があらかじめ見通していたことを知る。この役回りは、アーサー・コナン・ドイル『バスカビル家の犬』におけるシャーロック・ホームズとジョン・H・ワトソンのようだ。

  • 出版社 ‏ : ‎ 早川書房 (2020/2/20)

  • 発売日 ‏ : ‎ 2020/2/20

  • 言語 ‏ : ‎ 日本語

  • 文庫 ‏ : ‎ 320ページ

  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4150314187

  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4150314187

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