パチンコ放浪記 仙人との邂逅

1. ギャンブルについて
私はギャンブルが好きです。お金が好きな部分もありますが、ギャンブルそのものが好きなのかもしれません。

ギャンブルをはじめる前の冷静なときに、自分がいくらまでお金を入れたら辞めるとか、それでもこういう場合ならお金を入れ続けるというルールを作って、それを守れるかどうか自分を試すのが好き。そして負けたとしても、帰りの車の中で「チキショー!」と憤怒しつつも、結果的に自分で作ったルールを守れた自分を褒めたくなります。また、大体そのときの興奮も寝たらスッキリします。
当然、ギャンブルというと世間的にイメージが悪い、僕自身も元々は嫌いでした。ギャンブルで家庭が壊れたり、人生そのものが破滅してしまった事例を見聞きしていたからです。私も一般的にはパチンカスと言われる一人に見えているかもしれませんが、パチンコ屋で並んてる人が捨てたゴミなどは拾ってゴミ箱に捨てますし、自分の判断不足のせいなのに台に八つ当たりをするような行為も行っておりません。そのような行為を行う方へは、私も非難の気持ちを持っています。

プロ棋士 先崎 学さんが「小博打のススメ」という本を出されています。「ゲームに少しだけ何かを賭ける、それだけで勝負事は何十倍も白熱するもの。」とおっしゃってます。私がハマっているギャンブルというのもこれに該当します。つまり、全財産を公営競技に突っ込んだり、カイジのような人生や命を賭けるような世界を推奨しているわけではございません。勝っても金額が知れているので、大儲けして寿司だキャバクラだということにもなりません。


2. パチンコ仙人の話
ここからがパチンコ(パチスロ)の話。パチンコで勝つにはどうしたらいいか? 私が持っている答えは「自分より上手な人がいるパチンコ屋で勝負する」です。愛知県に住んでいますが、パチンコ屋も多く、パチンコで生活費を補っている方もそこそこ見受けられます。私はただのサラリーマン。グループを組んでパチンコを打っている人や、メモ帳にしっかりデータを記録している人をチェックして、自分よりパチンコやパチスロのことを考えて打っている方を見て顔や特徴を覚えていきます。私は、今日行った店でいいか悪いかの判断は最初にどんな人が来ているかを見ます。ちなみに店選びも技術も絶対彼らのが格段にうまいです。下手したら生活かかってますし、そうでなくてもそれなりに勝たないと、仲間を組んでる場合は、お互いに信用を失ってしまうというのを根拠にしてます。
違う店でもそういう覚えた方々を見つけてしまうと、自分の店選びの確度が良かったのかなと感じたり、この人たちはこの店でどうやって勝負するのかなと考えてしまうのも楽しみのひとつでもあります。


そんなうまいと思っている人の中に、私と後輩の中で「仙人」というあだ名をつけて覚えた人がいました。風貌も特徴的で、甘デジと呼ばれる、当たりやすいけど戻りが少ないパチンコの機械があり、短時間で遊ぶサラリーマンやギャンブル中毒の方には少々刺激が足りない機械を打っていることから、覚えやすい人でした。1日中パチンコ台に粘って勝っていく仙人の姿を何度か目撃しました。そのような仙人とは度々、いくつかのお店で見かけることもあり、今日この人がいるならお店の還元具合に期待できそうだとワクワクする日がありました。しかし、そんな日も長くは続きませんでした。法律で一度の当たりで獲得できる玉やコインの数が制限されたりすることによって、刺激が足りなくなり、パチンコ客は減少を続けています。また、県条例等で情報規制がされていくと、ちゃんと還元を行うお店がわかりづらくなることもあり、しっかり勝てる人が減りました。趣味や依存症の人よりも、生活をかけてパチンコを打っている人の足が遠のきました。仙人もその中の一人だったのか、ある日を境に突然見かけなくなってしまいました。およそ2年前ぐらいだったと記憶しています

・・・先日、あまりライバルが集まらないようなお店にいったときの事です。駐車場の車はまばらにあり、店内に入ってあまり盛り上がってなさそうならすぐ別のお店に行こうと考えていました。


お店に入って、すぐに仙人を見つけました。


「どう考えても仙人だ・・。2年前と風貌も変わらない・・。甘デジ打ってるし・・。仙人 生きとったんかワレ!!!」
なぜか少し感動してしまった自分がいました。
「なんでこんな人も少ない店に!? けど結構出してるし! オイオイ仲間も2人連れてるじゃん! ずっと単独でやってると思ってたのに、仲間もいたのかよ!!!」
と興奮してしまい、パチンコを打つことを忘れている自分がいました。パチンコつまんない、勝てないと言って引退といいますか、もうお店で見かけなくなっちゃう人って結構いるんですよ。当然直接的なコミュニケーションは彼らとは取っていないのですが、いつも特定の日に同じ店で見ることができていたことは、ある種私にとって彼らの生存確認でもあるのでした。パチンコの経験年数は7年ぐらいと若輩者ですが、見なくなった人を数年ぶりに見たというのは衝撃的でした。最近だと、あの時のあの人がこんなところでみたいなのは、オンラインサロンで若干経験しましたが、他人には決して伝わらない感動がありますね!
仙人をまた見る日はいつかわかりませんが、なぜか変わらない人を見てホッとしました。変わらない人、帰る場所を欲しているのかもしれませんね。


まとめ
どれだけ語ってもただの依存症・・


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