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ご卒業に寄せて愛月ひかるさんを想う

 ――2021年8月3日。

 宝塚歌劇団星組愛月ひかるさんが、2021年12月26日をもって宝塚歌劇団を退団するという発表があった。

 私が愛月ひかるさんが演じる死に一瞬で魅せられて溺れたのは2021年6月下旬。私が彼女を知ってから、彼女が退団するまでの期間はちょうど半年間だった。

 退団を知ったその時、自分の目が愛月ひかるという文字を拾っているのに認識できていないような、そんな奇妙な数秒間だった。じわじわと血の気が引くような感覚。自分の気持ちがうまく言語化できなくて吐息となる。それから、最後の公演となる舞台に自分が行けるのかどうかを考え始めた。この頃はコロナの感染拡大に歯止めがかからず、もしこれが彼女の退団公演じゃなかったら、私は柳生忍法帳のチケットは取らなかったと思う。公演の幕が上がる頃にはどうかコロナが落ち着きますようにと心の底から祈りながらチケットを取った。そして10月、緊急事態宣言は全国的に解除され、公演に足を運べたことに感謝したい。

 半年間、愛月ひかるさんという存在に私はとても幸せな時間を頂いた。彼女がロミオとジュリエットで死を演じているBlu-rayは、誇張なしに私の生涯の宝物のひとつになると思う。引っ越し等々で身の回りの品を減らす機会があってもいくつかは絶対に処分できないものがある。ロミオとジュリエットB日程のBlu-rayはその中に入っている。出会えて本当によかった。

 愛月ひかるさんに惹かれてから、私は宝塚のあれこれを観始めた。スカイ・ステージという宝塚専門チャンネルの契約を済ませ、公式HPの番組検索でまず「愛月ひかる」と入力して片っ端から録画予約をした。放送される舞台やショーを改めて観て、宝塚というのは思ってた以上に多種多様の公演をしているのだと感じた。そんな中で、あちらこちらで見聞きする「宝塚らしい」とは何だろうと考えることが多くなった。考えるほどに「宝塚らしい」という言葉の意味は実は千差万別なのではないだろうかと思えてきた。100年以上の歴史を持つ劇団なのだ。ファンの年齢層も様々で、観劇歴も様々で、きっと宝塚に求めるものも声の大きい小さいはあれど人それぞれな気がしている。そんな中、私個人が思う「宝塚らしい」とは何だろうという問いにはまだ明確な答えを持っていない。

 持っていないけれど、舞台の上で輝く愛月さんのお姿を拝見していると、これは宝塚だからこその美しさ華やかさなのだろうと思う時がある。ひとつ確かなのは、宝塚歌劇団に所属する愛月ひかるさんに出会えて本当によかった、ということである。これだけは間違いない。

 愛月ひかるさんの演技に圧倒されたり息を呑んだりうっとりしながら、やっぱり好きだなあとしみじみ思う時間が至福だった。この魅力を言葉にするならなんと表現すればいいのか考える時間が楽しかった。


 毎日がキラキラ輝く幸せな時間をありがとうございました。愛月ひかるさんが宝塚の舞台上で表現してくださった様々なお姿は、色濃く鮮やかに心に刻まれました。私の中で明日からも褪せることなく蘇り続けるでしょう。

 ご卒業おめでとうございます。

 貴女の新たな生活が実り多く豊かで幸せなものでありますようにと心の底からお祈りしています。

 抱えきれないほどの愛と、伝えきれないほどの感謝をこめて。

 私が一瞬で心を奪われ魅せられ続けた大好きなタカラジェンヌ、愛月ひかるさんへ。



 伝えたい私の想いは以上となるのだが、溢れ続ける感情のまま徒然なるままにもっと好きを綴りたい。ここから先は取り留めのない文章が続きますことご了承ください。

 愛月ひかるさんのお芝居が、その表現力が本当に大好きだ。

 一度再生を始めたら時間を忘れてしまうのは、ロミオとジュリエットB日程版。本当に愛月ひかるさん演じる死は大好き。あの空気感、表現力、凄味と色気、存在感のある佇まいと美しくもゾクリとする動き、魅せ方を知り尽くしているかのような眼差しや指先。そしてふわっと舞う銀色の長い髪と揺れるオーガンジーの衣装の裾が余韻を残す。どれだけ言葉を尽くしても足りないくらい今なお魅せられ続けている。好き。ほんとうに好き。大好き。

 不滅の棘も何度も観たくなる。あの作品は根底に流れる孤独と絶望があるため、明るすぎるテンションがないのが魅力だと思っている。スター誕生など華やかなシーンはあるが、常にどこか冷え冷えとした虚無が滲む。それゆえに恐ろしいくらいに美しくてカッコイイ愛月ひかるさんを堪能できる作品でもある。白い毛皮のロングコートとハットの似合いっぷりといったら尋常ではない。そしてクライマックスで爆発するエリィの積年の孤独と絶望と、なお棘のように残り続ける愛に、瞬きする間さえ惜しくなるほど釘付けになった。

 アルジェの男のジャックはふっとその姿が出てきただけで、ああ悪いことが起こると覚悟させられるような迫力があった。あの男に目を付けられたら最後、絶対に離してくれないだろうと思わせるキャラクター。絞れるものが無くなるまでしつこくつきまとってくるだろう。宝塚の舞台では珍しいほど同情できる事情も悲しい過去もないひたすらクズな役だが、そういう役を全うできる役者さんが大好きだ。そして愛月さんは清々しいまでのクズとして演じきりながら、決して下品ではなくカッコよさと迫力でも魅せてくれるのが最高。

 眩耀の谷は、これ二幕がどこかにありますよね?!となった。管武将軍、中盤くらいで味方になって最終決戦直前で死ぬキャラクター造形だったと思う。銀橋で礼真と対峙するシーンが好き。Blu-ray、スカイ・ステージ、NHKBSと、嬉しいことに三つのバージョンを見ることができたが、どの回も少しずつ管武将軍の感情の色が異なっているようで面白かった。

 エル・アルコンは驚くほど軽やかで爽やかで、正義と良心を掲げるのがお似合いのお姿だった。事前情報なくあらすじだけを読んで、愛月ひかる×復讐って絶対それ重いド迫力なヤツ…と思ってしまってすみません。この作品のちょっとコミカルな場面はとても好き。キャトルレーヴへ行ったとき、ブロンドに白い肌、淡いピンクの頬にピンクの口紅のキラキラしたルミナスさんに抗えなくて、死の舞台写真たちの中にルミナスさんを一枚お迎えした。

 黒い瞳では熱狂が奥底で燃え盛るプガチョフに魅せられた。冷酷さと人懐こさと情熱を併せ持ち、己の信じた正義に突き進む姿が一人の男として大変魅力的だった。私はこのプガチョフはどれだけ僅かであろうとも最後まで勝ち目を信じていたと感じたので、後にNOW ON STAGE というその公演に対する演者たちのトーク番組を拝見したとき、失敗すると知りながらも~と語っていらっしゃったのが興味深かった。

 神々の土地のラスプーチンはすごかった。ロマノフ王朝の終焉を描くステージ上に登場した時の凄まじい異質感。狂人と敬虔な宗教家が同居している怪僧がそこにいた。不気味でホラーめいていて「……おい、あいつを殺そう」というセリフに対しての説得力が半端ない。貴族に搾り取られる農民たちの血を吐くような訴えと悲鳴が生み出した人外の何かにすら見えた。本当に愛月ひかるさんの役者としての表現力の幅の広さと深さが好きだ。

 柳生忍法帳では年齢不詳の美しさを纏う執着の鬼、芦名銅伯として存在感を放っておられた。髑髏が大きく刺繍された着物に金のロングヘアというビジュアルのはまりっぷりがすごかった。一方で一人二役として双子の天海大僧正という真っ白なお役でワンシーン登場されていたり、芦名銅伯の若い頃も演じていらっしゃったりと、様々な心情を演じる愛月さんをひとつの舞台で観ることが叶う。

 それからショーでの華やかなお姿も、カッコイイお姿も好き。

 ロミオとジュリエットは二幕もののミュージカルなのでショーはないのだが、さすが宝塚フィナーレがついている。愛月ひかるさんを大階段に座って登場させようと決めた演出家の方に心よりお礼申し上げたい。このフィナーレではひたすらカッコよく、ウィンクと流し目で仕留めにかかってくるイケ散らかした俺様系愛月ひかるさんを堪能できる。例によって私はB日程の死のメイクで踊られるお姿にとことん弱い。

 Rayー星の光線ーも素敵なショーだ。好きな場面がいくつもある。特に「スピリチュアル」でのスーツにハットの愛月さんのお姿は最高。ハットの角度が絶妙で赤く彩られた唇が目を引き、スタイリッシュで大人の男の色気と余裕に溢れた姿に心を奪われる。「霊鳥」の赤チャイナも眼福。そして黒燕尾。このRayの黒燕尾が本当に好き。ぴんと張り詰めた空気の中踊るお姿は胸が痛くなるほど美しくて、前を見据える眼差しの強さに何度も心がぎゅっとなる。そこからの YOU ARE MY SUNSHINE の流れも大好き。一気に空気が解けて笑顔が弾け、明るく楽しい雰囲気に満ちていく幸福感。観ているこちらも笑顔になれる。

 モアー・ダンディズム!については好きが過ぎて別途記事を書いているのでリンクを繋げておく。モアー・ダンディズム!で更に愛月ひかるさんに魅了された話

 こうして振り返ってみると、この半年で数多くの愛月さんの魅力に触れてきた。愛月ひかるさんに魅せられて、新たな舞台作品に出合い、新たな物語と世界に飛び込む日々はとても楽しかった。

 そして、何といっても劇場で拝見する舞台の上に立つ愛月ひかるさんの魅力。舞台上のお姿を直接目にする最初で最後の公演「柳生忍法帳/モアー・ダンディズム!」。私は合計で4回通った。すごかった。エネルギーと輝きが凄まじくて、本当に目が離せなかった。時間の感覚がおかしくなる。一番の印象は、美しい、の一言に尽きるのだけれど、柳生忍法帳での美しくも不気味な金髪銅伯、芦名敗北時の悲痛な表情が印象的だった若かりし頃の黒髪銅伯、銅伯とは正反対の方向にある種執着した真っ白い天海大僧正。レビューではスーツとハットを纏う華やかな姿、艶やかで強い眼差し、情熱的な時には挑発するかのような笑み、包み込むような優しい微笑みと、客席へ向けられる眼差しの柔らかさ。最後のパレードでの清々しいまでの晴れやかな笑顔。どの瞬間を切り取っても優雅で上品な身のこなし。語りかけるような慈愛に満ちた歌声。様々な魅力に表現に魅せられた夢見心地の時間だった。色々なものを昇華して超越して一点の濁りもない清らかさで舞台上に存在されているように見えた。退団公演となる今回の公演に間に合った幸運に心の底から感謝したい。あぁでもやっぱり死を一度生で拝見したかった…と思うと同時、一度見てしまったらほんとに底なし沼で溺死した気がする。想像するだけでもちょっと震える。それを覚悟の上でもやはり死を生で観たかったな。オペラグラスで舞台上のお姿をどこまでも追える幸せを知ってしまうと尚更思う。

 それからポートレートについても好きを叫びたい。

 私が一番好きなのは歌劇と宝塚GRAPHの2021年12月号だ。サヨナラ特集が組まれているわけだが、どのポートレートも最高の一言に尽きるのだ。様々な雰囲気を纏ってらっしゃるのだが、どのショットも本当に好き。ポスターで欲しいと思うくらい大好き。ここで私はふとファーストフォトブックの愛月さんを思い出して、不滅の棘で抜け感引き算を学んだという言葉を思い出した。ファーストフォトブックの頃の愛月さんは入団10年目くらいだと思うが、カッコよさを表現するのに力が入っているように見える。それからこの最新のポートレート撮影までの年月、ご自身の理想とする男役像を追及し続け、この自然体のそれでいてどこまでもカッコイイお姿を会得されたのだろう。そう思うとお写真一枚一枚が更に愛しくなった。歌劇とGRAPHそれぞれの特集1ページ目のポートが対になっているようにヘアスタイルにアクセントを付けたスーツ姿なのも好き。愛月さんのスタイルの良さが際立つ。硬質な雰囲気がとてもお似合い。どこまでも真っすぐな視線を投げ掛けてくるお写真も、上目遣いも見下ろす角度の視線も載っている充実っぷりがすごい。また、視線を外した横顔もとても綺麗で…。愛月ひかるさんのポートレートはその背景の物語を想像したくなるドラマティックさと余白があるところが最高に好きだ。


 宝塚大劇場公演、ディナーショー「All for LOVE」、東京宝塚劇場公演。私の観劇は10月30日の宝塚大劇場公演が最後で、残りは配信でお姿を拝見していた。観劇には行けないけれど、家でスカイ・ステージで録画した番組を再生したり、Blu-rayを再生したり。徒然なるままにTwitterに愛と好きを呟いた。Twitterで愛月さんのファンの方々が発する愛に溢れた呟きを読ませて頂いた。ディナーショーや公演のレポートは楽しかった。ディナーショーのMCを拝読しては笑ったり、ほんわかしたり、新たに知ることに目を丸くしたり。クリスマス公演のアドリブはとても楽しそうだった。そんな秋から冬はあっという間に過ぎ去って。

 ――とうとう2021年12月26日が来てしまった。

 配信で拝見した愛月ひかるさんの舞台上の姿は、とても晴れやかで清々しくて零れる笑みが美しかった。あまりにも幸せそうに見えて、ああ本当によかったなと強く思った。だから私は覚悟していたより涙を流すことなくそのお姿を目に焼き付けようと見詰めることができた。

 愛月さんの退団を知ってから願っていたことは三つ。

 全ての公演の幕が無事に上がりますように。

 私が公演を観劇することができますように。

 愛月ひかるさんが幸せでありますように。

 全ての願いを叶えてくれた存在に心の底から感謝したい。


 それでも。こうして愛月ひかるさんが宝塚を去って数日経って、ふとした拍子に、あぁ愛月さんの宝塚の舞台上での新たなお姿はもう観られないんだと思うと喪失感に襲われる。

 歌劇からもGRAPHからも公式サイトからもそのお名前は消えて過去のものへとなっていくのだろう。だけど、愛月ひかるさんが尊敬し憧れる先輩たちから学んだ様々なことをご自身の血肉として宝塚男役像を磨き続けたように、愛月ひかるさんから学んだことを糧としてこれから成長されていく方々がいるのだと思う。「フォーエバー」だと歌劇のサヨナラ座談会で漣レイラさんが仰っていた。とても素敵な考え方だ。

 そして何より、愛月ひかるさんが宝塚で輝き存在していたお姿は私の心に深く刻まれており、明日からも私はきっと色々なBlu-rayを再生する。録画したスカイ・ステージの番組を再生する。そこに映る愛月ひかるさんに、何度でもときめくし、何度でも好きだと感じるのだと思う。

 だから最後は感謝で締めくくりたい。

 タカラジェンヌ愛月ひかるさんとして存在してくださってありがとうございます。ロミオとジュリエットであの死を演じてくださってありがとうございます。こんなにも魅せられて心奪われる存在に出会えた幸せに心から感謝します。

 ――タカラジェンヌ愛月ひかるさんは、私の中で不滅だ。

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