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まさにいぶし銀、上田仁

2022年、全日本卓球選手権。大会は現在5日目が終了した夜です。この日は男女シングルス5回戦、6回戦があり、その他にも男女ダブルス5回戦や準々決勝があります。文字通り、佳境です。

中でもシングルスの5回戦のベスト16決定は「ラン決(ランキング決定)」と呼ばれ、卓球ファンや実力者の間では注目度の高いステージ。執念と執念がぶつかり合います。

特にここ10年前後の全日本選手権は総じてレベルが異常に高くなっています。Tリーグ発足もあり、レベルの向上は追い風状態。そして高校生や大学生を筆頭に若手の活躍が目立つばかりでした。

しかし今年は近年でも異例で、ベスト8中に社会人選手が6人食い込んでいます。数年前に世界の舞台で私たち卓球ファンを感動させたプレーヤーたちの、「世代交代にはまだ早すぎるよ」と言わんばかりの意地を見ました。

中でも私が涙を流してしまったのは上田仁選手(T.T彩たま)のラン決。対戦相手はこちらもベテランの小西海偉選手(東京アート)。御年40歳と、ベテランどころか大ベテランです。

2人の特徴を書いておきます。

小西選手は、水谷選手が初優勝する前に全日本で2連覇していた選手。全盛期は、フルスイングすれば水谷選手でもブロックできない豪快なフォアハンド攻撃が武器でした。しかしベテランの域に入ってからはフォアハンドに加え、若手が使わないような嫌らしい(褒めてる)プッシュ技術やしのぎ、そして煽りとも捉えられかねないパフォーマンスで「精神的なやりづらさ」がある選手です。(そんな意図本人にはないだろうけど、先に謝っておきます。本当にすみません)

上田選手はというと、緻密な台上技術からの両ハンドを軸に、威力あるフォアハンドで決定打を放つ選手。どちらかというと技巧派のイメージですが、「精神的な強さ」がある選手です。上田選手を代表する試合は2018年のワールドカップ。準決勝の韓国戦で2-2のラストに出場して大逆転勝利をおさめ、水谷選手不在の日本を決勝に導きました。個人的には大ファンです。


試合が始まると、上田選手ペースで試合が進みます。対戦成績は上田選手が良いようで、昨年の全日本社会人選手権という大会でも上田選手が勝利しています。

流れが変わったのは、ゲームカウント2-1の9-9。上田選手が連続ポイントで追いついたのですが、ベンチの坂本監督(おそらく)が勝負のタイムアウトに出ます。通常タイムアウトは嫌な流れを止めるため、状況を変えるためににとりますが、ここで取った理由はおそらく確実に4セット目をとって引き離したいからだと思います。しかし、2連続失点でセットを取られてしまう。ゲームはイーブンになり、タイムアウトを使って後がない状況。流れは小西選手。

ベンチに戻ると、「すみません」と上田選手。卓球だけではなく、どんなスポーツ、どんな勝負事、どんな舞台でも、個人的には「自制心」が成功のカギを握っていると個人的には思います。感情に流されては絶対に勝てないと、野球のイチロー選手も言っています。互いの執念がぶつかり合う舞台で、状況が傾いて負けるかもしれない時。悔しさがこみあげて自分が嫌になってしまう時。あなたならどんな対応をするでしょう?


5セット目も流れは小西選手。2-7と離されます。しかし冷静な上田選手。サーブをガラリと変え、あえてシンプルなサーブにします。徐々においつき、10-10に。小西選手はナーバスからか、チャンスボールをミスして12-10で上田選手が逆転でモノにします。この時の雄たけびが、上田選手の自制心というか、セルフコントロール能力の高さを象徴している気がしてなりませんでした。我慢して我慢して、一番大事な場面で勝つ。


上田選手、一度は卓球を引退しようと考えたそうです。直接お会いしたことはありませんが、誠実なお人柄とファンサービスが良いことで有名でもあります。その人柄ゆえか、オーバートレーニング症候群という病気でうつ状態に。恩師や家族の支え、そして時を経て、また「いぶし銀」の上田仁が戻ってきた。


話は変わりますが、人は30歳を過ぎてから味が出るというか、最大の輝きを放つものだと思います。そして、それまでにどういう10代・20代を過ごしてきたのかがその人を色づける土台。これはスポーツ選手に限らずどんな人にも共通することだと思います。


翌日の準々決勝の相手は、今最も勢いのある若手の戸上隼輔(明治大学)。世界選手権では中国の次期エース選手に迫る戦いをする、凄まじい攻撃力と爆発力が持ち味の選手です。張本選手が敗れた今、個人的には優勝候補筆頭だと思っています。

最も注目される若手と、いぶし銀のベテラン。まさに好カードというか、卓球ファンにとっては見ごたえのある対決です。

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