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<独自> オウム麻原 執行前の生活を記した公文書、訴訟記録閲覧で明らかに

 法務省は、確定死刑囚の拘置所での生活状況を「極秘」としている。

 しかし、「極秘情報」を記した「公文書」の存在が、今回の閲覧請求で明らかになった。


ーーー今から5年前の2018年7月6日、オウム真理教教祖「麻原彰晃こと松本智津夫」に対して死刑執行がされた。
この執行について、遺族は執行当時「心神喪失状態」であったと主張し、国に100万円の損害賠償などを求めて、2021年12月28日付で東京地裁に提訴した。

 この訴訟を巡っては、今年7月に訴訟記録に国が「詐病の可能性」を言及する公文書が存在していたことを朝日新聞が調査報道し、それを皮切りに、NHKや共同通信など各社が相次いで報じた。

・「たった一人の父を亡くした」

―――国賠訴訟の概要
 原告は、松本の子供である。
 2018年7月3日に上川陽子元法務大臣が松本の死刑執行を命令し、同月6日に執行されたことについて、法務省は心神喪失の有無を調査確認して、適切な措置を遂行する義務があったのに怠ったなど、違法な執行であるとして、国賠訴訟を提起した。

▷原告側が裁判所に提出した「訴状」には、松本の精神状態を次のように主張している。

 亡智津夫は、第一審の係属中であった2003年3月頃には、事理弁識能力及び行動制御能力が失われていることを疑わせる異常な言動や行動を繰り返し、被告人質問でも一切の発言を行わず、裁判所や検察官はおろか弁護人らとの意思疎通も困難な状態にあった。

「訴状」(2021年12月28日付)

 その他にも原告は、2004年に次女が初めて面会した時に、拘置所の職員から松本が誰とも会話を交わさない状態であると説明されたことや、原告が面会した際には、関係なく「うん、うん。」という声を発し、突如笑い出したり、けいれんを起こしたりしていたことを「心神喪失」の理由として主張している。

当時の松本は、目の前に自身の子供がいるということさえ認識していない様子だったという。

原告は、計95回の面会申請を東京拘置所にしたが、松本は17回しか応じず、2008年頃からは意思疎通が全くできない状態だとしている。

 原告は訴状で、賠償金の価値を「たった一人の父を亡くした原告特有の慰謝料」と表現していた。

▷国側は、松本の「詐病の可能性」を言及し、執行時は「心神喪失」になかったと主張して、請求の棄却を求めている。

・『詐病の可能性』

―――東京拘置所作成の公文書の存在
 執行のわずか数日前の2018年6月下旬、法務省矯正局は松本の診察状況に関する照会を東京拘置所に求め、翌日に回答を受けた。

 その公文書には、松本の死刑判決が確定した、2006年9月以降の診察状況がまとめられており、訴訟の証拠として提出されている。

―――文書に記載されていた診察状況
 松本に対しては、定期的(概ね6か月に1回)、体重及び血圧の測定、胸・腹部のX線検査、頭部CT検査等や、精神科の医師により定期的に診察が行われ、精神障害の有無及び治療の必要性が判断されているとしている。
 拘置所は、2006年当時から一貫して、頭部CT検査などの診察結果に異常はみられないとしていた。

▷文書には診察結果のみならず、治療内容まで詳細に記録されていた。
・2008年8月、松本のふくらはぎにお茶をこぼし、熱傷部位を冷却した上で、軟膏を塗布しガーゼで保護した。

・2013年4月、日頃から軟便であったため、所内の内科医師が診察をしたが、質問をしても、「あっ」、「ええ」、「よしっ」などと述べるだけで会話にならず、診察を中止しようとしたら「ははは」と笑い出した。この診察は、整腸剤を処方し終了した。

・2015年1月、再度軟便により診察した際に、松本は「薬なんかクソ~。」と小声でボソボソと述べた。

―――精神科医による診察状況
・2007年2月、精神科医が松本に体調を尋ねると、指で輪を作るような動作をして、「あー、あー。」と言葉を発しており、同日の検査では異常なしと診断された。

・2008年4月、居室で診察を実施したところ、本人が立ち上がり歩き出そうとしたため、座るように指示すると自ら畳の上に安座した。
医師が食事はしているかと質問したところ、本人は「バカにしているのか、ばかやろう。」と述べた。
医師が血圧測定をすることを伝えると、松本は自ら右腕を差し出すなど、医師の話の内容は理解しているようであった。

・2009年4月、居室で医師が診察に訪れたことを告げると、小声で「ありがとう。」と述べた。
本日の日付を尋ねると、少し考えて「19」と答えたため、医師が今は19年ですかと問い直すと、本人は「そうか、19年か、分かりました。」と述べ、その後医師が今日の正しい日付を教えた。

―――拘置所の見解
 この公文書の結語として、次のように示されている。

 現在の状態については、詐病の可能性のほか、・・・拘禁の影響が考えられるところであるが、痛み検査において、医師が「多少痛いよ。」と伝えて検査を行おうとすると、手足を引っ込めようとするなど、本人は診察であることを理解しており、また、・・・小声で「これは戦争をしかけられているんだ。」などとブツブツとつぶやいた声が大きくなり、・・・小声で「薬をくれと言うから、意味がない。」などとブツブツとつぶやき続ける行為が認められ、こういった行為は、正常な精神状態にあるからこそ、内心(精神内界)を悟られまいと精神科診察を妨害する行為であると推認される。いずれにしても、平成18年9月以降の診察の結果からは、本人の精神状態に顕著な変化は認められず、拘禁の影響が顕著に重篤化している状況とは認められない。

拘置所作成の文書(2018年6月付)

▷これらを踏まえて、拘置所は所外の医療機関による診察・治療の必要があるような重篤な精神状態になく、入院等の必要性もない、と結論付けた。

・執行前の生活の様子

―――さらに、裁判記録に執行前の様子を示す文書も提出されていた

 法務省は、確定死刑囚の拘置所での生活状況を「極秘」としている。
例えば、体調や精神状態などの死刑囚の「生活」に関する情報は、面会をした関係者や法務省内部者のリーク情報など、いわば公式的な情報ではない。
 だが、法務省はその「極秘」とされる情報を「公文書」として作成していたことが、今回の閲覧請求で明らかになった。

▷その文書からは次のような生活状況が読み取れた。
・松本は、朝は、職員の起床の合図により起床し、日中は、室内で正座や安座をして過ごしていた。
・就寝時間には、職員が布団を敷いて寝るよう促すと就寝するといった日常生活の基本的活動を問題なく行っていた。

・「食事」については、2007年8月中旬から1か月程度の間、時折、食事をとろうとしなかったが、それ以降は、職員が食事を配膳すると自ら食べ始め、完食し、食べ散らかすことはなかった。

・「運動」については、職員が運動場へと声をかけると、自ら立ち上がるため、転倒防止のため、職員が前から本人の腕を引いたり、後方から背中を支えるなどの介助をして、運動場まで歩行させ、運動場内では歩行運動をしていた。

・「入浴」については、職員が介助して、脱衣、洗面、洗体、拭身を行うが、職員が頭部にシャンプーをかけた上で、「洗って。」と本人に促すと、自ら両手でシャンプーを泡立てて洗い、少ししか手を動かさず動作を止めた時には、職員が「ちゃんと洗って。」と言うと、再び手を動かして洗い始めるなどしている。

▷国側は、これらの文書から、松本は意思疎通が取れているとして、原告の請求の棄却を求めている。

▷これに対し、原告側は、各文書は文書作成者による評価や意見が簡潔に記載された文書に過ぎず、さらなる診療記録、検査結果データの提出を求めている。

―――いずれにせよ、事件の真相を語ることなく口を閉ざしたまま、執行された。
 この変えようのない現実は、我が国の犯罪史においても痛恨の極みに尽きる。

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