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ニオイセンサとは

こんにちは、ガクです。自分が扱っているニオイセンサという技術について、「そもそもニオイセンサって何?」ということについて書いていきたいと思います。なるべくわかりやすくというコンセプトで書こうと思いますので、多少正確でない箇所もありますがご容赦ください。

ニオイとは

ニオイは、空気中に含まれるニオイの分子から構成されます。ニオイの分子とは、多くは揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds, VOCs)と呼ばれるものです。このようなニオイの分子が、多くの場合複数種類混ざり合って一つのニオイを構成しています。例えばコーヒーの香りは、800を超える分子から構成されており、香りを特徴づける主要なものは数十分子程度とされています。[1,2] そして、それらの分子の濃度は、通常数ppt(10$${^{-12}}$$)から数ppm(10$${^{-6}}$$)という幅広い領域に渡って存在します。大気の組成は、水が数%程度(10$${^{-2}}$$)、二酸化炭素が0.03%程度(3×10$${^{-4}}$$)なので、ニオイの分子はこれらの成分と比較してもかなり低い濃度で存在していることがわかります。
このように、複数種類の分子が様々な濃度で混ざることでニオイは構成されています。

嗅覚のメカニズム

ニオイがどういったものかわかったところで、ではこれをどう検知するか見ていきましょう。ニオイセンサは人間の嗅覚を模倣したセンサですので、まずは人間の嗅覚について概要をお話します。
人間の鼻の内部(鼻腔)には、嗅細胞と呼ばれる細胞があり、ここでニオイの分子を検知しています。より具体的には、嗅細胞が持つ嗅覚受容体と呼ばれる部位でニオイの分子を検知するのですが、この嗅覚受容体は様々な種類があります。人間の場合、約400種類あると言われている嗅覚受容体ですが[3]、嗅覚受容体の種類によって分子への応答性が異なるため、同じニオイの分子でも、ある嗅覚受容体では強く反応するものの、別の嗅覚受容体ではあまり応答しない…といったようなことが起きます。このように、特性の異なる複数の嗅覚受容体でニオイの分子を検知することで、嗅覚受容体ごとに異なる応答、すなわち神経信号が生成され、それらをもとに脳でニオイの識別が行われます。

これを、人工的に行うのがニオイセンサです。上記の人間の嗅覚のメカニズムを大別すると、ニオイの検出識別の2つの重要なプロセスがあることがわかります。前者を実現するのがガスセンサ、後者を実現するのがAIなどの情報処理技術です。ニオイセンサによるニオイの検出・識別のプロセスを図にすると以下のようになります。

ニオイセンサによるニオイ検出・識別のプロセス。

ニオイの検出

人間の鼻は、嗅神経/嗅覚受容体でニオイの分子を検出していました。これを人工的に行うために用いるのがガスセンサです。ガスセンサと聞くと、台所に設置してあるガス漏れ検出のセンサを想像する方が多いと思いますが、ここでは、空気中の分子に応答するセンサという意味でガスセンサという言葉を用います。ガスセンサにも様々な種類がありますが、代表的なものとしては、酸化物半導体(MOX)型センサ、水晶振動子(QCM)型センサ、化学抵抗変化型センサ、そしてMSSを始めとするナノメカニカルセンサなどがあります。これらのガスセンサは、ガス感応部の化学組成を変化させることで、分子への応答性を様々に変化させることができることから、特性の異なる複数のセンサを用意することが可能です。したがって、特性の異なる複数のセンサを配列することで、人間の嗅神経/嗅覚受容体に倣ってニオイを検出することができます。
典型的な測定では、上図のように、ある時点でニオイを導入し、その出力値の変化を記録します。上図では、センサの種類は9つでそれぞれCh.1~Ch.9としています。このセンサの配列にある時点からニオイを送ると、各センサがニオイの分子と反応してシグナルが得られます。

ニオイの識別

ガスセンサで得られたシグナルだけでは、まだそれが何のニオイであるかはわかりません。人間の脳が、嗅細胞からの信号を処理しているように、ニオイを識別するためにはセンサで得られたシグナルを解析する作業が必要となります。嗅覚に関する人間の脳での情報処理には様々な機能がありますが、「ニオイの識別」に絞ってこの機能を極めてシンプルに表すと上図右側のようなパターン認識になります。例えば、シグナルの強度に注目して、各センサの強度をレーダーチャートにすると、ニオイに応じて固有のパターンが得られるので、このパターンをもとにニオイの識別が可能になります。ニオイが違えば各センサで得られるシグナルも変わることから、シグナルをもとに作られるパターンからニオイの識別を行うことができます。
このパターン認識を行うために用いられるのが、AI機械学習です。すなわち、ニオイ測定により得られるガスセンサ配列のシグナルを特徴量としてニオイを学習することで、未知試料のニオイ測定を行ったときにそれが学習済みのどのニオイであるかを推定することが可能になります。

以上がニオイセンサの概要です。ニオイがどういったもので、それをガスセンサを使ってどう識別するのか、大雑把にご理解いただけたのではないかと思います。
もしかすると、「これなら簡単にできそうな気がするけど?」と思った方もいらっしゃるかもしれません。今回は概要を理解していただくためにシンプルに説明しましたが、実際にガスセンサを使ってニオイを識別しようと思うと、ここではサラッと流した、あるいは触れていない様々な課題が出てきます。

  1. Grosch, W. "Coffee: Recent developments." Chemistry III: Volatile Compounds (2001): 68-89.

  2. Semmelroch, P. and W. Grosch (1996). "Studies on Character Impact Odorants of Coffee Brews." Journal of Agricultural and Food Chemistry 44(2): 537-543.

  3. Niimura, Y. and M. Nei (2003). "Evolution of olfactory receptor genes in the human genome." Proceedings of the National Academy of Sciences 100(21): 12235-12240.


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