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『外大短歌10号』増補インタビュー

去る2019年11月24日、当会の機関誌『外大短歌10号』を上梓しました。
特集として「結社インタビュー」を企画し、外大短歌OGOBの方などから結社や所属あるいは無所属での活動についてお話を伺いました。

その中で無所属にあたる石川美南さん、黒井いづみさんへのインタビューを誌面上に掲載叶わず、note上にて増補としてメールでのテキストインタビューを公開いたします。

※インタビュー内のリンクはインタビュアーが公開時に付したものです。

インタビュイー:石川美南•黒井いづみ
インタビュアー:山城周•門野やかん

(Q1)これまでの経歴についてお伺いできますか。

石川:中学校の頃から、図書室で歌集を借りてきてはノートに書き写していました。自分で作り始めたのは高校1年のとき。理科部の友人に誘われ、その子とやりとりする手紙の文末に短歌を載せる日々が続きました。しばらくは、読者は彼女ひとりきりでした。
高校3年のとき、『短歌朝日』という雑誌が創刊されました。創刊号は執筆陣が豪華で、私にとってスターのような歌人たちがこぞって歌を寄せていた。読者短歌の欄があるのを知って葉書で投稿したところ、1回目の投稿で岡井隆さんの特選に選んでいただけたんです。この『短歌朝日』がご縁で黒瀬珂瀾さんと出会い、大学に入って黒瀬さんからメーリングリスト「ラエティティア」に誘っていただきました。
今はもうぴんと来ないと思うんですけど、当時の「ラエティティア」はものすごく盛り上がっていたんですよ。短歌・俳句・川柳の人が入り乱れていて、しょっちゅうメール歌会や句会が開かれていたし、穂村弘さんが会社の昼休み(?)に、すごい勢いで詩を投稿してきたり、紀野恵さんがスタートレックについて雑談していたり、中澤系さんが急に青春時代の暗い思い出話を始めたり。そこに、新人の私がひょこっと入っていった訳ですけど、管理人の荻原裕幸さんが自由な雰囲気をキープしてくださっていたおかげで、それこそ結社の垣根だったり、上下関係だったりを意識せずにのびのび発言することができました。
とはいえ当時は、結社無所属の新人は珍しかったので、ある先輩から「いつまでも根無し草のままでいるのはどうかと思うよ」なんて心配してもらうこともあったんですけど。でも、大学に入ってすぐの時期にラエティティアという自由な場を目の当たりにしていたことが、その後の活動に大きく影響したのではないかと思っています。
ラエティティアのオフ会で千葉聡さんに声をかけていただいて、その後、千葉さんの紹介で辰巳泰子さんの百首詠合宿に参加しました。そこで初めて会った内山晶太さん、松澤俊二さん、三原由起子さんに同人誌『punch-man』に誘っていただいて、参加することになりました。大学3年のとき『punch-man』の松澤さんと宮澤英邦さんがWEB上の掲示板でプロレス仕立ての短歌バトルを始めて、まあ、軽く炎上もしつつ(笑)盛り上がったんですが、「パンチマンメンバーとそれ以外の人とで5番勝負をして、負けたら解散!」という興行を打ったところ、本当に負けて解散してしまいました。それで仕方なく……という訳ではないですが、自分たちで同人誌『pool』を作り直して、今に至ります。と言っても、poolは数年に1回しか出していないんですけどね。
もうひとつ所属している『[sai]』という同人誌は、元々は、黒瀬珂瀾さんの結婚式に参列したメンバーで創刊しました。こちらも数年出ていないので、所属と言っていいか微妙なところですが、poolも[sai]も、心の拠り所にはなっています。
同人誌の活動とは別に、大学3年のとき、同級生の橋目侑季と二人で写真と短歌のコラボレーション作品集を作りました。大学4年のときに彼女と一緒にWEBサイト「山羊の木」を立ち上げ、今も一緒に活動しています。はじめは彼女が写真、私が短歌という組み合わせだったんですが、途中から彼女が活版印刷を始めて、短歌を活版印刷で刷ってもらうようになりました。活版で刷った作品集は文学フリマなどで売ったのですが、最初に文フリに参加した年は、短歌のブースはたぶん私たちだけ。近年の盛り上がりを見ると隔世の感があります。
2003年に第1歌集『砂の降る教室』を上梓しました。就職先が決まらないまま大学を出てしまい、書店でアルバイトをしていた頃で、当然お金は全くなかった。祖母にお金を借りて出しました。
歌集を出してからしばらく、活動のしかたに悩んでいた時期があったんですが、2007年1月に歌集勉強会「さまよえる歌人の会」が始まった辺りからは、自分のやりたいことややれることが徐々に広がっていった気がしています。『すばる』で短歌紹介の連載を持たせてもらったり、ラジオの「夜はぷちぷちケータイ短歌」に出演したり、「NHK短歌」のミニコーナーのナレーション係に抜擢してもらったりしたのも、これ以降でしょうか。
もうひとつ、先ほど挙げたユニット「山羊の木」で、『物語集』という活版カード歌集を作ったとき、翻訳家の柴田元幸さんに、ファンレターと一緒に『物語集』をお送りしたんです。それを柴田さんが気に入ってくださって、『MONKEY BUSINESS』(現・『MONKEY』)に原稿を書かせていただいたり、一言も英語が喋れないのにNYの朗読ツアーに誘ってくださったりという、夢のようなことが起こりました。今思い返しても、夢なんじゃないかなという気がします。
私の場合、たまたま短歌の結社には入っていないですけど、結社には絶対入らないぞ、と思ったことはないんですよ。常々言っているのですが、私は本当に、友達や先輩に恵まれていた。自分で道を決めていったというより、周りの人が次のステップを教えてくれて、自然にこうなったという感じです。つくづくラッキーな人生です。
問1から長文になって申し訳ない。経歴が直線状でなくアメーバ状なので、どうしても長くなってしまうんですよね……

黒井:中学2年生のとき、夏休みの宿題に短歌が出たことをきっかけに作歌を始める。
2009年、枡野浩一短歌塾第一期に参加。
2010年、外大短歌会に入会。
東京外国語大学を卒業後、金沢歌会鏡の会に参加。
スピッツ短歌アンソロジー『短歌ウサギ』同人。
2018年、第6回現代短歌社賞最終候補。

(Q2)普段はどういった場(同人誌、個人誌、ウェブ媒体、etc)で作品を発表していますか。

石川:最近は、短歌の総合誌やその他の文芸誌から依頼をいただくことが増えてきたので、依頼が来てから作ることも多いです。1日1首コンスタントに作ったりできないタイプなので、〆切が設定されて初めて本気を出すというか……。
同人誌は、そろそろ次号を出したいと思いつつ、ちょっと様子見している感じです。山羊の木の新作も、しばらくは出せないかも。
外大短歌は毎年会誌を出してくれていて、私にとっても貴重な発表の場になっています。本当は、後輩の媒体に頼っていて良いのかなという思いもあるのですけれど。
あと、昨年祖母の死去に伴い寒中見舞いを出したんですが、なぜか、はがきが何枚か余ったんです。このはがきで何かやりたいなと思って、「休休(やすみやすみ)通信」という企画を考えました。毎回ゲストの人を一人お招きして、短歌をやりとりして、8首溜まったらはがきに刷って出す、というものです。「今どき、なんではがき?」とみんな思うだろうし、私もやってみたらそこそこ大変だったんですけど(印刷が)、一対一で歌をやり取りするのって面白いし、その面白さを形にするには、はがきという形が意外と合っているんじゃないかと思った。この企画は、何号か続けてみるつもりです。

黒井:主に自分のブログ。もしくは同人誌(『外大短歌』、金沢歌会鏡の会アンソロジー『スカシカシパン』、『短歌ウサギ』など)。フリーペーパーやネットプリントに参加することもあります。
いちばん大事にしているのは自分の生活を壊さないこと。短歌をやることが自分の負担になっては本末転倒だし、できるだけ健康で幸せな状態で短歌を続けたいので、「自分のできる範囲で頑張る」というのが基本方針です。結果、タイミングも文章量も融通が利く個人のブログで作品を発表するのが主となっています。
一方で、ここ数年は「自分のできる範囲を拡大する」ということも意識するようになりました。紙媒体においては他の人の作った場に乗っかって作品を発表させてもらうことばかりだったので、「自分ひとりで本を作ろう」と個人誌を作ったり、「自分が場を作ろう」と思って『短歌ウサギ』に人を募ったりしました。これまでいろんな人に面倒を見ていただいた分を何かしら還元したい、という気持ちです。

(Q3)歌会には参加されますか。

石川:定期的に参加している歌会が2つほどあるんですが、どちらも平日夜の開催なので、なかなか参加できない状況です。今、子どもが1歳になったばかりで、保育園のお迎えが17時半なので……。
数年前までは、自分が結婚したり子どもを持ったりするイメージすらなかったので、平日の夜開催でも問題なかった。むしろ、「仕事の後に行くから、もう少し遅い時間スタートがいいな」と言っていたくらい。その辺りは、ここ1、2年で本当に激変しました。仕事が終わった後の時間を自由に使えて、都内のイベントに身一つで行けたこれまでの生活が、いかに恵まれていたか。
とはいえ、結婚したり出産したりしたことで自分の世界が狭まって辛い、という感覚も、今のところはありません。会社の仕事も早々に復帰しましたし、むしろ、やりたいことが2倍に増えた感じ。
……話が逸れました。歌会の話に戻ると、この前、インターネット上のみっちりした歌会に誘ってもらえて、とても面白かった。やっぱり歌会は良いなと思いました。
歌会に出たいと思っている人は、可能であれば、ホームの歌会をひとつ持った上で、ときどき他の歌会に武者修行に行くのが良いと思います。同じメンバーで歌の読みをじっくり深めていくのと、誰が何を言うのか全然わからない場に身を置くのとでは、得るものがだいぶ異なると思うので。「あの人の評が聞けて良かったなあ」とほくほくするのも、「なんで一点も入らなかったんだ!」と腸を煮えくり返らせながら帰るのも、歌会の醍醐味のうちです。

黒井:タイミングが合えば。鏡の会の歌会や、ガルマン歌会など。

(Q4)普段はどのように歌を作られていますか(タイミング、場所、紙かデジタルか、など)。

石川:前に書いた通り、〆切に合わせて作っています。とはいえ、短歌や連作のメモは常にストックがある状態です。
手書きでメモして、WORDでまとめて、ある程度まとまったら出力して、また手書きで推敲して……というのを何セットも繰り返して、連作をちょっとずつ作っていきます。材料が足りないときは、途中で取材に出かけたり、資料を集めて読んだりもします。頭だけで作っている時はろくな歌にならないですね。あまり現実を見ない作風と思われがちですが、むしろリアリズムというか、外の世界から受け取るものをとても重視しています。
一首単位では、通勤の行き帰りの電車で作っていることが多いですね。

黒井:思いついたときにメモしておくことが多いです。紙とスマホが半々くらい? 同人誌や新人賞の〆切前だと「よし、今から短歌作ろう」とべったり集中して作ることもあります。

(Q5)無所属の良いこと、悪いこと、どちらでもないことなどあったら教えてください。

石川:無所属の良いところは、自分の好きなペースで作歌できること。連作の歌の数も、書きたい内容に合わせて伸び縮みさせられるし、「活版カード集に入れるならどんな短歌が良いか?」など、完成形まで考えながら歌を作れます。
良くないというか、危険なところは、自分のペースを自分で決めなければいけないこと。ちょっと気を抜くと、書くことや読むことをサボってしまう。アスリートと同じで、コンスタントに鍛えて筋肉を維持しておかないと、肝心な時に歌ができなかったり、評の勘が鈍ったりするような気がします。

黒井:良いこと:自分でペースを決められる
悪いこと:月詠などのペースメーカーがない
良いことと悪いこと、表裏一体ではないかと思います。
先述の通り「自分のできる範囲で頑張る」というのが基本方針なので、忙しいときや思いつかないときは全く短歌を作らなくてもOK、という状態にしておきたい。たとえば月詠を提出できなかったら、自分の性格では確実に罪悪感に苛まれるので、そういうプレッシャーがない状態で短歌を作れるのが自分に合っているのかなと思います。
悪いこととして「ペースメーカーがない」と書きましたが、わたしの場合はブログが一定期間更新されないと広告が表示されるので、その広告が表示されないようにする、というのが一応の目安というか、ペースメーカーになってはいます(書くのが短歌とは限らないのですが)。あとは同人誌の原稿の〆切、新人賞の〆切があれば、それを目がけて短歌を作ります。
でも正直、ペースメーカーなり〆切なり、外部から与えられるモチベーションがないと短歌が作れないのであれば、やめればいいんじゃない? とも思います。意地悪な言い方かもしれませんが、わたし自身「短歌を作るのが楽しい」「よい短歌を作りたい」という気持ちが続いているからこそ短歌を続けているので。その気持ちがなくなったら短歌からフェードアウトするでしょうし、それで構わないと思っています。

(Q6)近頃推しの歌人はいますか(その方が無所属かどうかに囚われずお答えください)。

石川:最近、高橋みずほさんの歌集を読み返したらとても面白くて、もう少ししっかり読み込みたいなと思っています。亡くなった松平修文さんのことも、もっと考えていきたい。
最近読んだ歌集で良かったのは、相原かろさんの『浜竹』。なんだかテンション上がりました。心のライバルは、花山周子さん。あと、昨年短歌研究新人賞を取られた川谷ふじのさんになんとなく惹かれて、『休休通信』の1回目のゲストをお願いしました。実は、川谷さんと一緒に何かやりたいなと思ったことも、企画のきっかけの一つだったんです。

黒井:(推し歴の長い順・敬称略)
・永田紅(ながた・こう)
 初めて読んだ歌集が俵万智『サラダ記念日』、二番目に読んだ歌集が永田紅さんの『日輪』でした。気がついたら口ずさんでいるのは、韻律がなめらかなのと、言葉選びがうまいんですよね。『日輪』には橋や川が多く出てくるのですが、そのイメージが強すぎて、自分では橋の短歌を一生作れないんじゃないかと思っています。
・木村比呂(きむら・ひろ)
 枡野浩一『ショートソング』で知った歌人のひとり。こんな短歌もアリなんだ、と衝撃を受けた小説ですが、中でも彼の短歌が印象に残りました。軽やかでポップだけどちょっと切ない、個人的にはスピッツを好きな人におすすめしたい短歌です。
・宇都宮敦(うつのみや・あつし)
 同じく、枡野浩一『ショートソング』で知った歌人のひとり。短歌はもちろん好きなんですが、以前読んだ短歌の作り方についての文章がとても面白かったので、宇都宮さんの評論をもっと読みたいと思っています。
・五島諭(ごとう・さとし)
 歌集『緑の祠』が大好き。木村比呂さんの短歌をスピッツリスナーにおすすめしたいと書きましたが、『緑の祠』はくるりを好きな人におすすめしたい歌集です。帯にも載っている《物干し竿長い長いと振りながら笑う すべてはいっときの恋》を特に推しています。

・山階基(やましな・もとい)
 同い年。ガルマン歌会100回記念大会のとき、ふたりともファイナリストだったので、勝手に仲間意識を持っています。山階くんの短歌は、生活感があるけれど「生々しい」というのとはなにか違って、洗い立てのタオルみたいだなあといつも思います。
・笠木拓(かさぎ・たく)
 山中千瀬さんとのユニット「金魚ファー」のときからファンだったのですが、気づいたら鏡の会や『短歌ウサギ』でご一緒するようになっていたので不思議な感じがします。うまく言えないんですが、そのときどきでいちばん似合うものをきちんと選び取ってくる人だなと思って、信頼しています。
・谷川由里子(たにがわ・ゆりこ)
 ガルマン歌会でお世話になっています。ほかにも同人誌『She Loves the Router』、イベント「短歌とロックンロール」など、彼女の携わっている企画にふれるたび、面白いなあ、こんなことやってみたいなあ、という気持ちになります。

(Q7)結社は必要だと思いますか。

石川:今存在している結社には、それぞれ歴史も必然性もあるはず。不要だと考えたことはありません。結社と一口に言ってもいろんなタイプがあるし、結社VS無所属という二項対立には無理があるような気がしています。

黒井:短歌をやる場のひとつとして、あったらいいのではないか、必要なのではないかと思います。

(Q8)自選一首を教えてください。(できれば出典も)

石川:卓上の骨格図鑑ペリカンのページ気が済むまで生きて死ぬ  『架空線』

黒井:うつくしくなくてもずっとここにいて好きな服だけ着て生きてやる
初出/連作7首「うつくしくなったつもり」(ブログ「口笛吹いて」掲載)

(Q9)最後に一言お願いします。

石川:学生短歌を卒業する方たちは、今後どんな風に活動していくか、迷っていると思います。私からは二つ、お願いというか、提案です。
まずは、短歌をやめないこと。あなたの書くものには価値がある。もし休んでも、いつか戻ってきてほしい。才能のある人が日々の忙しさに紛れたり、自信をなくしたり、集中力を保てなくなったりして書かなくなっていくのを、いつも寂しく見送ってきました。
もう一つは、好きな歌人、気になる歌人を見つけること。そして、その人が今生きているなら、なんとかして会いに行くこと。もちろん一対一じゃなくても良くて、講演を聞きに行くとか、その人の参加する歌会があるかリサーチするとか、あるいはメールでファンレターを出してみるとか、そういうのでもいいんです。就職活動の時「OBOG訪問は絶対行った方が良い」と言われてぴんと来なかった私ですが、この年になってみると、直接誰かと会って話すというのは本当に貴重なことだと身に沁みて感じます。
と、ここまで書いたところで、ネット上でハラスメントの問題が話題になって、しばらく考え込んでしまいました。「短歌やる人にはどんどん会いに行って!」というメッセージを伝えてしまって、その子が嫌な目に遭ったらどうするのか。私はどこまでその子のことを守ってあげられるのか、と。
でも、私自身のことを思い返すと、やはり人の縁がなければ、何も起こらなかった。今の学生は忙しいですが、それでも社会人に比べれば、自由になる時間は多い。今のうちに、いろんな人と会って話したり、遊んだり、けんかをしたりしてみてほしいです。
全然「一言」じゃなくなってしまった。またまた長くなってすみません。何か迷うことや困ったことがあったら、いつでも連絡をください。役立つ情報を持っているかは怪しいですが、一緒に遊ぶことくらいならできます。

黒井:無所属の歌人である、ということについてそれほど意識したことがなかったので、このインタビュー企画は新鮮でした。質問に答えるためにいろいろ考えてみたのですが、自分のやりたいようにやっていたら無所属のままここまで来ちゃった、というだけのような気がします。それでも運よく、長い間、幸福なかたちで短歌を続けることができています。短歌を楽しく続けることができるのなら、やり方はなんでもいいと思います。参考になれば幸いです。ありがとうございました。


以上です。
石川美南さん、黒井いづみさん、大変ご迷惑をおかけいたしました。誠にありがとうございました。

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