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 計算鑑定の利用の現状と課題-知的財産紛争の最前線No.10①-

 ついにNo.10に達した別冊Law&Technologyの「知的財産紛争の最前線」。せっかくなのでNo.10だけでなくNo.9からNo.1までも読み返し、勝手に記念記事を書いてみます。今回はNo.10の1回目。「知的財産紛争の最前線」シリーズはどれも読みごたえがあるので、この記事を読んで興味を持ってもらえたら、ぜひ購入しての熟読をお勧めします。


 最新令和5年の「裁判所と日弁連知的財産センターとの意見交換会」、最初の話題が「計算鑑定の利用の現状と課題」です。
 
 この計算鑑定、冒頭で吉野判事が「計算鑑定の利用実績について、統計をとっているものではありませんが、東京地裁知財部の近時の計算鑑定の選任状況としましては、おおむね年間1件程度の実績となっています。」(4頁)と述べています。
 知財訴訟をやっていてもそうそう利用の機会が訪れないからこそ、いざ計算鑑定というときに、意見交換会の内容は役に立ちそうですね。
 なお、計算鑑定については、「知的財産紛争の最前線No.2」の大阪弁護士会知的財産委員会との協議会でも触れられており、こちらも参考になりそうです。計算鑑定の費用を話題にしているので、「知的財産紛争の最前線No.2」のときに別途取り上げます。

 どういう事案で計算鑑定人が選任されるかの話についての以下の吉野判事の言及は、個人的には完全同意です。
「立法過程では、侵害者に対して文書提出命令が発令されるなどして、大量の会計帳簿や伝票類が提出されて、それを用いて売上げなどの算定をすることに膨大な時間がかかり、会計の知識がないと計算が困難な場合などが想定されていました。しかし、実際には、特許法102条1項に基づく損害が主張されているが、原告が被告に売上げや経費の詳細な情報を知られたくないといった事案ですとか、同条2項に基づく損害が主張されている事案で、侵害者における会計帳簿の正確性に問題がある場合、たとえば、原告において侵害品の売上げがすべて当該会計帳簿に記載し尽くされているか否か、これに疑問をもつ場合などに活用されています。その他、侵害者が協力的でない、あるいは当事者間の不信感が強い場合、被告製品の種類が多く、計算過程が複雑な場合といった事案についても、選任されている実情にあります。」(3頁)

 「侵害者に対して文書提出命令が発令されるなどして、大量の会計帳簿や伝票類が提出されて、それを用いて売上げなどの算定をすることに膨大な時間がかかり、会計の知識がないと計算が困難な場合」であれば、自分で適任な会計士の先生を探してもいいし、被告と同じ業界にいる原告は業界について詳しい経理担当者を抱えているので、コストをかけて外部の会計士の先生に依頼する必要すらないかもしれません(計算鑑定は100万円単位の費用が掛かります。)。わざわざ硬直的な裁判所の制度に乗せる必要がありません。
 そうなると、計算鑑定のメリットは、専門性ではなく、「計算鑑定人だけが資料を見るから相手に資料を見られなくて済む」という点に絞られます。
多くの場合、損害賠償請求は自分の利益率をさらす必要のある1項ではなく相手の利益率に基づいた2項でなされ、計算鑑定を使う理由のほとんどは、「被告の主張する数字は信用できないが、被告側は営業秘密である資料をライバル企業である原告に出したくない。」になるのかなと思います。
私の少ない経験でも、原告側で選任する理由は「被告の主張する数字が信用できない」に尽きました。

 といっても、計算鑑定の利用が東京地裁ですら年間1件となると、計算鑑定人のほとんどは裁判所の計算鑑定をやるのはが初めて、手探りで業務を行うことになると思います。
 この点については、原告・被告の属する業界に詳しい会計士の先生を選任できれば、「この数字にはならないはずだ」「こういう一次資料があるはずだ」という勘が働いて、代理人弁護士が資料を必死に調査しても分からないような点が見抜けるかもしれません。
 しかし、私が携わった案件では、選任の手続は、裁判所から非常に簡単な経歴とともに「この候補者でどうですか、ダメだったらダメな理由を教えてください。」という連絡があり、申立人側は拒否するほどの材料も持ち合わせていなかったので(ネット検索くらいはしましたが、ほとんど情報は出てきませんでした。)、裁判所から打診のあった計算鑑定人を選任してもらう、という感じで進みました。
 選任に当たってどういった分野を得意にしているのか確認できるか否かについては、ネット検索すればどういう技術分野の人なのかが論文などが出てきたり、J-PlatPatで発明者を検索すればどういう発明をしたことがあるのかが分かったりする専門委員(技術説明会に携わる専門家)の選任とは、大きく状況が違いますね。

 今後、候補者の先生について、「こういう仕事をしてきた。」「この業界に詳しい。」といった情報がもっと開示され、申立人側で選ぶことができるような制度になれば、計算鑑定制度の実効性が上がったり、利用者の納得感が増したりするのではないかななどと思いました。

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