終電逃して相席居酒屋に駆け込んだら、とんでもない席に通された話。
突然だが、この記事を読んでいる人の中に、相席居酒屋という地獄のような空間に行ったことのある猛者はどれだけいるのだろうか。
やってきた男の財布の中身など気にもせず、甘いカクテルやスイーツを貪る、質素倹約の”し”の字も知らない女子が百鬼夜行する魔の空間だ。
なぜここまで相席居酒屋をボロクソにこき下ろしているのかと言えば、ただ一度の実体験が強烈だったからにほかならない。
時は201X年。
とある馬刺しが美味しいお店で中高の先輩(陽気なAと面倒見の良いBとする)と気分良く飲み明かし、さぁ帰ろうと駅に向かっていたところから悲劇が始まる。
ふとスマホで電車の時刻表を確認したところ、すでに終電がなくなっており(PM11:00に終電がなくなるような田舎で、移動手段の確保を怠ったこちらにも非はあるが、そこは目を瞑ってもらいたい)、どうしようかと考えあぐねていたところに、先輩Aが一言。
「すぐ近くに相席居酒屋あるらしいから、タクシー来るまでの間に行ってみようぜ」
当初こそわずかながら心が踊る気配はあったが、店に着いてみれば気分はジェットコースターのように急降下。
店先にはイカしたパツキンの兄ちゃんなど、”いかにも”な人相の人物博覧会だ。
これは入店したが最後、法外なお金を払うまで出られないタイプの場所ではなかろうかと脳内で警鐘を鳴らすが、酩酊して凄腕の拳法使いのようになっていた先輩ふたりは、千鳥足さえ軽やかに操り受付を済ませてしまっていた。
店先にいたのがチャラい兄ちゃんたちなら、ご一緒するのは良いところギャルっぽい人たちなのだろうと高をくくっていたが、そんなもの甘っちょろい幻想と知ることになる。
カラオケ店から扉を取っ払ったような個室中心の店内でボーイに通された席には、なかなか特徴的なふたり組がいた。
かたやアインシュタイン・稲田氏のようなしゃくれた顎を持ち、もう一方にはただただ丸としか形容できない体型の持ち主。
着席する前に踵を返してしまおうかとも思ったが、個室の入り口はボーイにがっちり固められ雰囲気ではなくなっていた。
確実にハズレをあてがわれたのだと思う。
同行していた先輩たちは両者とも当時彼女持ちで、同性の私から見ても爽やかタイプのイケメンだ。
普通に相席などする分には、もう少々ノーマルな女性が対面にいてやっと釣り合いが取れるではないだろうか。
私のブサメン度合いがそれを食って余りあるというのであれば、それは申し訳ないことをしたと謝罪したい。
そんな恨み言を脳内で反芻しながらも、料金のシステム上30分はここにいなければいけないことに変わりはなく、どうやって時間を過ごすかを真剣に悩んだ。
ここには読み込むべきペットボトルや缶のラベルなどない。
どうにか、目の前に鎮座するこの強敵と会話を弾ませなければいけないのだ。
意気揚々と足を踏み入れた先輩AとBは意気消沈。
おい、どうすんだこの空気。
とりあえず「会話のはじめと言えば自己紹介!」というコミュ障解消本にすら劣るノリで口を開いたが、男性サイドの問い掛けにはっきりしない口調で話す対面に、早くもストレスを禁じえない。
気付けば少しずつ会話を転がしていく中で、「相手は図形だ。図形が喋っているんだ」という野菜と認識すれば緊張しない理論もびっくりな謎解釈を作り上げていた。
聞けばこの三角と丸、その日の午前中から入り浸っていたらしい。
どこぞのメディアで「相席居酒屋に1日いれば、お金いらずで楽しめる!」などというライフハックを紹介していたのであれば、異議不服を申し立てるので名乗り出なさい。
「アニメ好きなんだ〜」という会話の糸口が見つかったので、その日たまたま被っていたハットからワンピースの話へ。
当時話題になっていたワンピース歌舞伎になぞらえて、歌舞伎の見栄にルフィの必殺技・ゴムゴムの銃をセリフとして当てるという、今考えると少々寒いボケをする羽目になった。
お酒のおかげで羞恥心こそ薄かったが、決死のボケに図形たちの反応は”ギャグセンたっけー”。
シャンクスに酒をかけた山賊よろしく報復してやろうかと頭をよぎったが、それより赤髪の一味のように笑い飛ばして欲しかった。
さすがにテンションもガタ落ちで、トイレに離席。
席に戻ると、注文した覚えのないカクテルが置いてあった。
カウンターではなかったものの「あちらのお客様から」というベッタベタな文句の三角が視線を向けたのは丸。
綺麗なブルーのカクテルだったのでとりあえず飲みはしたが、信じられないくらい強い。
澄んだラム酒に青色一号をブチまけたような味のそのカクテルは、私の服装が青かったから作ったものだという。
だが、その日のブルー要素といえばGジャンと百歩譲ってハットに着いてたピンバッジのみ。
残りは全身黒ずくめだったので、イカ墨パスタでもご馳走して欲しかったところである
どのみちお店のシステム上、支払うのは自分なわけだが。
とにかく、そんなこんなでタクシーが来ないだののトラブルを経て、1時間半ほどでその場を離れることに。
絞めてお会計・28000円になります。
……もう二度と相席居酒屋になど行かないと、固く誓った瞬間だ。
結局タクシー会社からは手配できないと言われ、たまたま起きていた先輩Bの彼女に迎えを要請し、風雲悪魔城から命からがら脱出することができた。
帰りの車中、その彼女さんは大層呆れていたのだが、それがせめてもの救いである。
……相席居酒屋とは往々にしてこういう場所なのだろうか。
それとも、我々がとんでもないハズレを引いただけなのだろう。
この手の経験豊富な方がいたら、どうかご教授願いたい。
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