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荒唐無稽

世の中には色々荒唐無稽な説がある。

ネバダ州のエリア55には宇宙人が捕獲されて研究されているとか、

UFOはナチス・ドイツが拵えた秘密兵器だとか

しかしアメリカという国はそんな荒唐無稽なデマに近い噂が時として本当なのかな?と思わせる雰囲気のある国ですね。

※アメリカの悪口を言いたい訳ではない

例えばアポロの月面着陸は嘘であの撮影は地球のスタジオセットでなされた。そしてその撮影監督はあのスタンリー・キューブリックである。というようなまことしやかな噂もある。あの月面着陸後の写真で空気がなく風の吹かないはずの月面で旗がはためいているとか、影の付き方が可笑しいとか、、、

そこまでの科学的風な言論で噂の質が高まるとあながち噂ではないのかも?というムードも。

911自爆テロもアメリカによる自作自演説を聞いたこともあるが、それはさっきの月面着陸の噂よりは荒唐無稽であろう。

また、3.11東日本大震災も人工地震による陰謀説もあるが、911より数段階高いレベルの荒唐無稽さを感じる。

さらに今回の新型コロナ騒ぎの初期段階2月か3月頃にアメリカではこのウイルスは中国武漢の細菌化学兵器工場から事故で漏れた、もしくは意図的に漏らしたという説も聞いたが、正直、世界的被害は911や311の比ではないことを考えると流石に中国の陰謀説はないだろうとされ、上記2つのようなまことしやかな都市伝説的噂にまで発展しなかった。

中国が意図的にウイルスをばら撒いたとして、中国が得するならまだその可能性もあるが、中国でも少なからずの感染被害、そして 何より習近平としては進めていたいた一帯一路が一時ストップあるいはそのまま頓挫になりかねない状況になり、流石に故意に習近平がウイルスをばら撒いたとは考えにくい。

上記のような噂話はネットや主に動画チャンネルで多数見かけて、それなりに説得力あるプレゼンもあるから、全て信じ込んじゃう人、また正反対にそれらは全てデマだと決めつける人の2極分化が起きていないか?

いやそういった2極分化の言説も巷に溢れてるから、中庸でバランスをもってそういった都市伝説を捉えている人が一番多いでしょう。
私も話半分に捉え、かと言って完全否定しない立場です。

さてここまでが前置き論です。

タイトルは荒唐無稽な話であり、少し前は空想科学フィクションというジャンルも流行った。

それとはジャンルは違うがショートショートの名手星新一氏や『日本沈没』を描いた小松左京の初期作に『復活の日』というコロナを予言したような作品もある。発表当初は荒唐無稽とまで行かなくもあくまでもSFであって現実世界にはそう簡単に起きないと信じられていたろう。

それが起こった。

私も昔から空想科学フィクションは沢山書いている。

小松左京と違い何の科学的根拠(取材に基づくエビデンスがある)ものとは無縁のまさに荒唐無稽なものも自分用に書いている。
大学受験浪人時が一番熱心でした。

例えば、普遍的な哲学的テーマである心はどこに存在するか?については、心は脳に8割残り2割は心臓や肝臓といった臓器や手の先の末端神経に存在するのでは?というのが当時も定説でしたが、私は臓器のみならず血液自体も心の活動主体が宿るという荒唐無稽な説を展開した。
血液のほとんどは液体とそこに入っている赤血球、白血球、血小板で、赤血球や白血球自体も敵やらを感じるセンサーをもっていてそれが脳に信号を送り心の源泉となっている。脳はあくまでも情報処理センターだと言うようなことを書いていた。
血液にまで心の所在を求めたのは奇を衒ったデタラメと若気の至りを恥じます。恥じますが嘘から出た誠の可能性もゼロではないと思ってもいます。

10年前くらいにまた荒唐無稽な空想科学フィクションを作りました。mixiの頃で本当に一部のユーザーのみに解禁していました。
人によっては危険思想あるいは倒錯者と捉えられかねないから。

その荒唐無稽な空想科学は
これまた根源的なテーマである生命と死についてですね。

死は苦しいもの、恐れの対象というのが定説ですが、

死は実は生命にとって最後にして最高の快楽の可能性を空想科学しました。

果物も朽ちる寸前が一番旨かったり、紅葉も実はレッドリーフかつデッドリーフなのに美しいことを例に挙げたり
そもそも各種排泄行為には快感が付与されている例も挙げて

これは自殺願望者にとってのみならず普通に暮らしている人にとっても危険思想に繫がりかねない。

真剣にこの思想に取り憑かれていたら私も危険思想人物にして少し精神医学的にも治療の対象になるかも知れません。

この可能性については先の東日本大震災を人工地震とする説を信じるくらいの遊び程度のものとしても当時も今も捉えています。

そして、コロナ禍の影響か20代30代の自殺が増えている中では超炎上記事になりかねないが、

私の考えの続きは死は人生のハイライト、最高の快楽が待っている可能性もある。だから、そんなハイライトを早く使っちゃうのは勿体ない。
十分に現世を生きて天命を全うしたときにご褒美として貰うものだ。と結んでいます。

そこまで読まない方はケシカラン、○チガイ発想だと糾弾するかも知れませんが私の思想は究極のポジティブ発想で締め括りますから、真逆なものなのです。 

とはいえ早合点や捉え違いで炎上するかも知れませんから、そんな空想科学は基本的に自分の中だけにしまうようにはしています。

今回は王様の耳はロバの耳みたいなものです。

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