マガジンのカバー画像

記録しておきたい記憶

29
筆者の「記録しておきたい記憶」を綴った経験談、体験談。
運営しているクリエイター

#記録しておきたい記憶

記録しておきたい記憶Vol.08

昔、猫を飼ってたんすよね、そのときのお話です。 きっかけは近所でネコが生まれたから多分、4歳か5歳かな。 そのぐらいのころ、僕らは借家の「長屋」みたいなところに住んでいました。その家のすぐ近所にはローカルな運送会社があり、僕ら兄弟はそこの運送会社の社長の奥さんにすごく可愛がってもらっていて、よく遊びに行ってました。 なんで、そんなトコへ通うようになったのかはわかんないけど、いつしか顔を出すようになっていて、その運送会社の車庫(けっこうでかい)にも自由に出入りしてました。

記録しておきたい記憶vol.06

17歳になる年の夏のお話。この年は冷夏と言われる夏でした。 日照時間が短くて野菜や米が不作で、そん時はタイ米の輸入とかがニュースで騒がれていたかな、と。学校のグラウンドがまともに使えず、部活の練習が思いっきり出来なくてとても悔しかったですね。 そんなことからこの「僕が17歳になる夏休み」は思い出のある夏休みなんですが、もう一つ起きた「現象」もあって特に忘れられない夏になりました。 毎年恒例の夏のアルバイト毎年夏になると叔母の家に避暑兼ねて遊びに行ってたんですよ。 叔母の家

番外編:記録しておきたい後日譚

こんばんわ。2019年3月のお話です。記録しておきたい記憶vol.05_07から28年の月日が流れました。後日譚というか、エピローグと言いますか。 今年43歳になるのですが、この年になってくると割と「世間は狭いねー」という事例がちょこちょこと出てきます。 今年の3月に息子が小学校を卒業しました。 そりゃ俺も老けるわなぁって感じですが、その息子の小学校の卒業式での、ほんの一コマです。 え、あの先生が息子の学校の校長に?僕は昔からずーっと同じ地域に住んでいまして、息子も僕が通

記録しておきたい記憶vol.05_07

2回戦、苦手なY中相手に(自分で言ってしまうけど)活躍し、それなりに貢献し(これも自分で言ってしまうけど)、チームのキーマンになってた僕。 「この点差を守っていけば」、とかは思わず、「更に点差開けてもっと活躍してやる」と意気込んでいたところに、悲劇が訪れ、あっという間に終幕を迎えることに・・・。 無双状態休憩しながら、ブロックでボコボコになった腕を冷やします。 前半、ほとんどキーパーまでシュート届いてませんからね。 ほとんど僕が止めてます。 そのぐらいドンピシャな作戦だった

記録しておきたい記憶vol.05_06

1回戦を突破し、2回戦へ。 初めて怒られない試合を展開出来た僕は最後の大会でやっと自分のスタイルや「自信」を見つけることが出来た。 今までの練習は無駄じゃなかったんだ、なんて思いつつ、少し舞い上がってた自分を戒め、2回戦に向けて準備をする。 2回戦はあの苦手な・・・2回戦の相手はY中(うちもY中だけど)。 全体的に高さはないけどスピードがあって、連携やサイドからの攻撃、ミドルレンジからのクイックが多くて、結構厄介な相手。 レギュラーフル出場でも勝ったり負けたりの互角の相手。

記録しておきたい記憶vol.05_05

いよいよ、試合が始まる。 キャプテンの無念とその覚悟を聞かされたメンバーは否が応にも火が点いている。これでやらなきゃ男じゃないし、今までの全てをぶつけて全て出し切る。 一回戦が始まった1回戦の相手はO中といい、レギュラーなら普通にやってれば勝てる、というチーム。 しかし、全体的に背が高いチーム(僕よりは低いですけど)でウチは全体的に背が低いチームなためロングシュートがはまると危険。 それに今回は「僕」がいる時点でレギュラーメンバーじゃない。 試合開始の笛が鳴る。 確か後攻

記録しておきたい記憶vol.05_04

右腕も完治し、仕上げはいよいよ最終段階。 僕を交えた連携の練習もしたし、みんなの気持ちも一つになって、あとは大会当日を待つばかり、という一週間前、また悲劇は起きたんです。 今度は膝が・・・右腕が完治し、あと一週間で大会という日に左膝を虫に刺されました。 体内の毒素が強い、っていうんですかね。 右腕のときのように今度は左膝が腫れてきたんですよ。 しかも膝が曲がらないぐらいに。 こんな大事な時期に・・・。 今度はすぐ病院に行って治療。またその間は筋トレです。 昔から皮膚が弱く

記録しておきたい記憶vol.05_03

相変わらずハンドは「これ」といって上達もせず、消極的なプレーをしてしまうことから先生の怒りを買い、すっかり自分に自信を失くしてしまってる僕。嘲笑の対象とされ、後輩からもバカにされ、遂に最後の年、3年生に。 いよいよ3年生になって・・・3年生になり、弟及び弟の連れ、空手の後輩など顔見知りの多くがハンド部に入部してきました。 いよいよもって「みっともないところ」は見せらんない。と、気持ちは逸るけど一向に変わらない技術。 こうなるともう諦め入るんですよね。 空手も部活も練習休ま

記録しておきたい記憶vol.05_02

誘われるままに入部したはいいけど、やりたかったスポーツでもないし、誘った友人も転校しちゃった。 かといって転部も嫌だし、あの先生にそれを言うのも・・・って感じで「なんとなく続けてたハンドボール」。 ただ、「なんとなく」で続けてたのが、ある一件で変わることに。 負けるのが嫌だ意識が変わったのは一年の冬のこと。 毎年、ウチの中学は「校内マラソン大会」というものを冬にやるんですが、寒くなると部活でもその練習をするようになります。 そして、練習でも走らされてばっかになるんですよね。

記録しておきたい記憶vol.05_01

毎年、夏になると「部活」を思い出します。 あの突き刺すような日差し、肺の中まで熱くなるような熱気、セミの声、目に入る汗。 僕が通っていた中学は部活動の盛んな学校でして生徒は必ずどこかの部に在籍しなければいけませんでした。 さぁ、何をやろうかな?小学生の頃はサッカー部やってました。 下手な割にスポーツ好きという人間だったので中学に入ったら 「さぁ、何をやろうかな?」と期待に胸膨らませてました。 空手部があれば空手部に入ったんでしょうが、生憎そんな部はなく、小学校の時にやって

記録しておきたい記憶vol.04_02

そして、当日。 日程は一泊二日で、初日は花博、二日目は試合という日程でした。 花博はあんまり覚えてませんw このときに撮った写真見てもあんまり楽しんでないのがわかります(笑) 二日目、いよいよ試合です。 出場するのは「形」といわれる演舞みたいなものと「組手」といわれる実戦です。 どちらかというと組手よりは形のほうがまだ得意だったんですよね。 痛くないし(笑) そうだ、この頃はまだ組手は嫌いだったんですよね。自信なくて。 形はあっという間に・・・敗退午前中が形の部で組手は

記録しておきたい記憶vol.04_01

幼い頃から空手習ってきたものの、一向に試合に勝てない、一回戦負けばかり。 そのうち「一回戦負けが当たり前」、自分でもそんなふうに思ってました。 負けグセがついてるっていうんですかね。 道場の後輩連中からもバカにされ(弱い先輩は先輩扱い出来ないわなぁ)、同年からもバカにされ、相手にされず、 ただ「昔からいるだけ」の人間でした。 大きな大会が開催えーと7月だったか8月だったか忘れちゃったけど夏休みだったと思います。 その年の夏に神戸だったか大阪だったか「花博」が開催されてたん

記録しておきたい記憶vol.03_06

蚊との戦いから逃れ、やっとの思いで安息の地を手に入れた僕。 朝早くに家を出たから眠さMAX。 それにパネルの電気系統をショートさせたもんだから気落ちもハンパじゃない。 とっとと寝て気持ちを切り替えないと、と寝たのはいいが、油断大敵、更にこの後強烈なパンチをもらい、ダウン寸前に。 疲れた・・・ちょっと息抜きしたい・・・翌朝は8時くらいに目が覚めた。昨夜のドタバタで体がダルい。 起きて周囲を見ると路上駐車はそのまま残ってるし、すこし散策してみると喫茶店があった。腹も減ったし、朝

記録しておきたい記憶vol.03_05

飛び込み営業~京都編~ 思ったような成果が上げられず思惑も全て外れ、一日を終える。 「今日は散々な目に遭った一日だったなぁ~」なんて、その時は思ってたけど本当に「散々な目」に遭うのはこれからだった。 風呂入って気分一新この日は快晴で、とても暑かったので、もう汗でベタベタ。 メシより先に風呂入ってサッパリしたいという気持ちになったので、電話帳で銭湯の住所を調べて銭湯へ。 中心街から少し上がったとこにあって、何故かここはすぐに見つけることができた。そこは、昔ながらの銭湯で、ち