「山道のタヌキさん」の文体
漁師町にしては猫がいない。犬も少ない。知夫里島にいる動物といえば、牛。そして、タヌキである。しかし、隠岐の中でタヌキがいるのは知夫里島だけ。
一体、なぜなのか。そのエピソードは意外である。
1941年のこと。当時の村長は本土からあるプレゼントをもらった。それがなんと「つがいのタヌキ」。
しばらくは役場の檻の中で飼われていたが、ある日、地面を掘ってプリズンブレイクしてしまった。盗んだバイクでは走り出せないが、この支配からの卒業。さぞかしショーシャンクの空が見えたことだろう。
しかし、本土のタヌキにとって知夫里の大地は未知の世界。
謎の生命体や伝染病、ジュラシックパークさながらのサバイバルに力をあわせて対抗していくうちに、いつしか2匹は男女の関係に……
と言いたいところだが、知夫里島には天敵となるような動物もいなければ、餌を奪い合うようなライバルもいない。タヌキにとって知夫里はのんのんびよりな楽園であった。
かくしてアダムとイブとなったつがいのタヌキは、畑をあさり、ごみをあさり、牛たちの飼料を横取りし、さまざまな禁忌を犯しながら子孫を増やしていく。
一説には、2000匹いる!ともいわれ、萩尾望都ばりの異世界暮らしをぽんぽこしたわけである。
とまあ、今日もあちこちで島の人々を困らせているタヌキだが、どうも憎めないという人も少なくないようだ。
あなたも、何度かタヌキを見かけたことだろう。夜行性もなんのその。昼間から牛たちのエサ場に入り浸っているし、夕方にもなると、山道のあちこちからタヌタヌパニックさながら飛び出してくる。
エンカウントしやすいが、すぐに逃げるのでモンスターボールは間に合わないが、できることなら写真で捕まえてみてほしい。
それにしても不思議なのは、驚くほど体格が小さいことだ。
ほかの島でも種族の密度が高くなりすぎると遺伝子が大きくなるのをやめるように働くことはよくあるそうだが、どうやら知夫里のタヌキも島の面積にしては増えすぎてしまったようだ。
この話を聞くと、ポン!と思いついた。
日本人の体格が小さいのも日本列島という小さな島にしては人口密度が高くなりすぎたからではないだろうか、と。
──────────────
知夫里島のガイドで書いたタヌキの文章が、本来のぼくの文体である。中学生のころに阿智太郎というライトノベル作家の文章を読んだことに起因すると考えているのだが、大学生になり、森見登美彦を読んだときも阿智太郎と似ている気がして好感を持った。ちなみに、加藤はいねを読んだときも同族ではないかと親近感が湧いたものだ。
実際は似ても似つかないと思うのだが、なんかこう、まわりくどくサブカルワードをばら撒きながらリンク&シュリンクさせていくような文体が、書いていてジャズっていく感触があって楽しいのだ。どうにも商業用にならない文体であるが、隙あらば開放していきたいものだ。