記事の書き方に関する思索

この記事について

記事の書き方、というものについての思索を簡易的にまとめた

序論のあとに、
記事の構成要素に関して目に付いたものを種類分けしたものを列挙する

その時点での思索を書き連ねただけで、
内容そのものや具体的な内容、種類分けに関する考察に乏しいが、
個人的には現時点でもそこそこ興味深い内容ではあると感じている

なお、思索途中であり、完結していない、投げっぱなしの状態である

序論

意味内容と文章は、密接に関係しているものの、よく考えると別物である

「りんご」「リンゴ」「林檎」
どれも同じ意味内容を表しているかもしれない、
表記の違いで異なる意味内容を表しているかもしれない

上の例は単語と意味内容に関してだが、文章でも同じことがあるだろう
意味内容には色々な文章が割り当てられるし、
一つの文章からは様々な意味内容が読み取られうる

意味内容と文章の完全な対応が存在しなさそうで、
つまり 意味内容≠文章 ということだ

ここまでで伝えたかったのは、今後この記事で散々言及する、
「意味内容」という言葉が、どういう感じの意味か、ということである


閑話休題


記事とは、文章や絵を駆使して「伝えたい意味内容」を表現するもの だろう

ここで言う「絵」とは図やグラフなどの、文以外の視覚的情報を指す

読んだ人が「要するにこの記事は」と記事の目的を短く説明できることは、良い記事の条件の一つだろう
それが全てではないが「伝えたい意味内容」は記事作りの動機付けであり、記事の最初の目的はそこにあるだろう

内容ではなく、記事自体を楽しんでもらうために作られた記事もあると思う
例えば、いわゆる「限界オタク」の文章は、文章の読みやすさとは別のところを評価される傾向がある
記事に書いた内容ではなく、「これほどの文量を書かせる存在がいる」というところに「伝えたい意味内容」があり、それがちゃんと伝わるなら、文章や記事の構造が少し不親切でも、良い記事と言えるのだろう


さて、そうは言っても抽象的な「伝えたい意味内容」を把握するのは難しい

「文章」という目に見える具体的なもので、
抽象的な「意味内容」整理するのは極めて有効な方法である

さらに、思索の様子が「読み味」になるため、
思索のために試行錯誤して作った文章がそのまま記事になることもある

しかし、文章をはじめとする記事の諸要素 (タイトル、記事の構成など) は、細かく考えると意味内容とは別の存在であり、
それらは伝えたい意味内容を「読み手」に届けるために存在する

したがって、
「伝えたい意味内容」以外の部分は、読み手優先、
「読み手に何を思ってほしいのか」を考えて作ること が望ましい

読み手優先と言うが、もちろん「伝えたい意味内容」は筆者だけのもので、
(公表すべきかどうかの議論は別として)
「伝えたい意味内容」だけは読み手のことを一切考えずに作って良い

もし「伝えたい意味内容」に関与する他者がいるなら、
その他者も筆者に加えて共作を名乗るのが自然だろう

逆に、どれほど強い意見をした人がいても、
その意見が「伝えたい意味内容」に関係しないなら、
その人を筆者に加えるのは不自然で、その人は編集者と呼ぶべきだろう


この記事は、序論の太字部分に書かれたような視点で、
記事の諸要素を見つめ直す思索を書き連ねたものである

そのような経緯で作られた、メモ書きのような記事であり、
そして、残念ながら note に適したスタイルは考察できていないため、
この記事も良い記事とは言えないだろう

この記事が、note に限定せず、
筆者がいつか良い記事を書くための基礎になることを願い、
序論を結ぶ

目次

1. 「記事の目的」の種類
2. 「読み手」の種類
3. 「記事のスタイル」の種類
4. 「本文の志向性」について
5. 「記事構造」とその役割

1. 「記事の目的」の種類

「体験談」:自分はこう思った!
「紹介 = 導入」:ここに何やら良さげなものがありますよ
「考察」:これはこうだと思う、説明していきましょう

記事を書く動機付けである「伝えたい意味内容」の分類
記事を書く上で、最重要の事柄である
これを意識できると、記事全体の方向性が固まる

特別意識せずに目的通りの記事を書ける場合もあるだろうが、
記事のまとまりに欠けるかも、と思ったならば意識すると良いかもしれない

2. 「読み手」の種類

「一般大衆」:予備知識ゼロ、全く何も知らない人に知ってもらう
「弱い関心」:少し予備知識あり、詳細情報までは知らない
「強い関心」:かなりの背景知識を有する、身内感が強い

1. にも通ずる
これによって、内容の水準(レベル)、つまり内容の詳しさが決まる

高レベルの読み手に低レベルの内容を見せるのは良くないし、
低レベルの読み手は高レベルの内容についていけない
読み手優先ならば、一つの記事の中で内容のレベルは統一すべきだろう

広いレベルを求めるならば、
別のレベルの記事を書き、それを紹介するに留めるのが望ましいだろう

3. 「記事のスタイル」の種類

「シンプル系」:簡潔に、とにかく読みやすく、見やすく、分かりやすく

「エンターテインメント系」:内容そのもの以外のものも楽しませる
小分類
「限界系」:読みやすさは二の次、とにかく熱量を文字に直す
「ギミック系」:改行や図の配置、縦読みなど、レイアウトで楽しませる

記事全体の読み味を決め、読者層の傾向も決める
シンプル系は記事の内容に注意が向きやすく、記事の面白さには欠けやすいエンターテインメント系はその逆である
一長一短であり、どちらが好ましいかは、筆者には分からない

4. 「本文の志向性」について

「絵志向」:一連の図や絵を見せることが目的で、文はその補助
「文志向」:文章を読ませることが目的で、図や絵はその補助
「ギミック志向」:記事それ自体を楽しんでもらうことが目的

本文の読み味を決める
ギミック志向という名前は適切でないかもしれない

3. と4. は関わりが深いが、
4. に関しては「伝えたい意味内容」に適した志向性を選択できると良い

例えば「熱量の込もった体験記事」について、文を読んでもらうことよりも記事の勢い等に注目してもらいたい場合は「ギミック志向」が効果的である

5. 「記事構造」とその役割

「タイトル」:記事の目的と書き方 + 想定している読み手 を知らせる役割
「序文」:タイトルの補足
「目次」:内容を予測させる役割
「本文」
「総括」:本文を飛ばした人向けの概説 and 読了感の制御

タイトルや序文は全て、読者を記事に導入するためだけのもの
目次と総括は読者用の補助

タイトルが十分にその役割を果たしている + 本文が短い (数段落以内)
→ 序文や目次は必要ない

本文が長い (数段以上の段組がある)
→ 読み手向けの様々なギミックを活用することが望ましい


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