本当松三選


 こんにちは。青木9歳です。

 「嘘松」ってスラング、知っていますか?

 「嘘松」は、2015年ごろに、『おそ松くん』のリメイクであるTVアニメ『おそ松さん』が猛烈に流行っていた頃にインターネット上で生まれたスラングだ。

 とあるオタクがキャラクター「おそ松」そっくりの人を見かけたというツイートをし、それがあまりに非現実的であったために「嘘松」という言葉が出来たと思われる。

 Twitterのオタクによる「マクドナルドにいたJK同士の哲学的な会話」や、「やけに本質に迫る質問をする子ども」など、偶然盗み聞きしたにしては詳細で、創作じみたツイート揶揄する言葉として使われていた。

 知らんけど。

 ↓本題

 あまりに出来すぎているので、「嘘松」と思われるのが嫌で、書かずにいた日記がある。
 インターネットのオタクであるお前らは、すぐ人を疑うからである。
 世界は広い。列に割り込む大人を「ねーママ、あの人は大人なのに何故じゅんばんこできないの?」などと無邪気に糾弾する児童だって、実在するかもしれないのだ。


1/  数年前の小雨が降る日、私は新宿歌舞伎町を歩いていた。コロナウィルスの流行前で、夜19時ごろでも飲み歩く人々、あるいは飲み屋に出勤する人々でごった返していた。
 私は通っていた女子校の同窓会に参加するため、会場であるカラオケに向かっていた。同窓会を歌舞伎町で行うな。(余談だが、そこそこ人数がいたのにメンツがジャニオタかギャルかコンカフェ嬢のみで構成されており奇跡だった)

 傘をさして歩く道すがら、見知らぬ男性に声をかけられた。お酒を出すお店のスカウトらしかった。女性がひとりで歩いていれば、誰でも声をかけられる類のものである。

 無下にすると罵声を浴びせられると聞いたことがあるので、イヤホンをしたまま無視を決め込むことにしているのだが、そのまま20メートルほどついてこられ、本気で困り果てた時だった。

「お待たせー!」
 ハスキーな声とともに、ビビットカラーのネイルをばっちり決めた指先が肩に触れた。
 振り返ると、眉の上でぱつんと切りそろえた前髪が美しい女性が、男性と私の間に割り込み、「待ったー?」と声をかけていた。
 私が目を白黒させているうちに、スカウトの男性は、まるで知らぬ顔で離れていった。

 私は、百合漫画のやつ!と思った。

「ああいうの多いから気をつけてね。遊びに行くの? ふーんばいばーい」
 と、人混みの中を去っていった女性の顔ははっきりとは思い出せない。かろうじてお礼は言えたのだろうか。それすらも曖昧である。
 お名前だけでも……TwitterのIDだけでも……と思ったが、うなずくばかりで何も聞けなかった。

 彼女は歌舞伎町で働いていたのだろうか。それともふらりと飲みにきていたのだろうか。
 なんにせよ、人々が混ざり合い、入ってきては出ていく東京の話である。もう会えないと思う。
 あまりにもマンガみたいな話だから、その日はツイートせずに、iPhoneのメモ帳にだけ書いた。
 本当松である。


2/ 相変わらず悪夢をよく見る。

 久しぶりに金縛りになったが、いつも通り力技で解除した。金縛りは脳みその電気信号の誤作動なので、解除するコツは肉体にある。
 拳を強く握ることに集中する。そして力任せに上へ、上へ振り上げようとする。そうすると体が戻ってくる。その時の感覚たるや、戻ってくる、としか言いようがない。
 破ァ!という掛け声をつけてもいい。(寺生まれってすごい。心からそう思った。)(2021年で誰に寺生まれのTさん伝わるの?)

 脳みそは動いている(気がする)のに、体は動かない。そんな状態に陥ったら、すぐにこれで解くようにしている。
 体の自由が効かないまま目玉ばかりをぎょろぎょろさせていると、何か恐ろしいものを見てしまいそうで、あまり長く味わいたいものではない。

 (たまに、淫夢に近いようなエロい金縛りの時もある。エロい金縛りは解かない)(もったいないので)

 ある日の夜中。蒸し暑かった。しらない男性が家に入ってきて、自宅の流し台で手を洗っている。私はそれを俯瞰していた。
 同時に私のからだはベッドに横たわったまま、動けないでいる。体が二つ、目が四つあるのだ。

 男は手のひらのシワから爪の間に至るまで、力強く洗う。表面の汚れを落とすと言うよりは、後ろめたい出来事を流すかのようだった。滴る水が手首に差し掛かったとき、ああ、この人はただ事ではないことをしたな、と思った。
 乾いた返り血がぱり、ぱり、と剥がれる感触まで伝わるようだった。昼間にサスペンスを見過ぎたせいである。

 それを見ていると、他人が怖くて透明人間になってしまった女性が、ベッドの上で白いペキニーズになった私の首にかじりついていた。その女性が「お母さん、これなら怖くないかも」と息子へ独白したので、なんじゃらほいという気分だった。(ペキニーズは完全にムーチョにハマった影響である。悪夢よりもデカく育て───)

 シチュエーションの荒唐無稽さにやっとまぼろしだと気づいて、破ァ!と起きた。このようなエロくない金縛りは遠慮したいところだ。


 年々、夢の内容が操作できなくなって困っている。昔は夢の中で自由に行動することができた。

 引きこもりだった頃、GREEでクリノッペを育てるか寝るぐらいしかすることがなく、そのうえ現実より夢の世界の方が楽しかったので、よく寝ていた。
 だんだん夢の中で「これは夢だ」とわかる頻度が増えてきて、全盛期は「こんです^^」とドラゴンズドグマオンラインにログインする感覚で眠りに落ちていた。
 夢の中は、自由に行動できるが、大枠のストーリーやシチュエーションもあるので、展開がまずくなってくると「落ちますノシ」と起きるのも自由自在だった。

 私が一番好んで見たのは、空を飛ぶ夢だ。助走をして地面を蹴る感覚も、風を切る冷たさも感じる。
 なにかに追いかけられる夢の中で、私はすぐに空を飛んで逃げていた。夢の中でくらい逃げずにいたいものである。
 風に煽られて飛べない、などのピンチはあるが、広範囲型の衝撃波みたいな攻撃で反撃することもできた。(これは今もたまにできる)(喧嘩をしたことがないので殴り合いなどのイメージが湧かず、いつもどこか白猫プロジェクトの当たりキャラみたいな技で戦っている)
 とにかく夢の世界は私の思い通りだった。

 大人になったら、だんだん空は飛べなくなった。チャットモンチーの歌詞か。
 代わりに現実で外に出られるようになったので、これはこれで良いと思う。
 あとから調べたら、このような現象を明晰夢というらしい。
 本当松である。


3/ 春頃に、友人のバンドメンバーが亡くなった。転落死である。
 事故か自死かは私にはわからない。会ったことはないが、私たちが出るイベントに共演しないか、と誘った次の週のことだった。彼らは快諾し、楽しみだ、と言ってくれていた。

 ミーティング中に知らせを聞き、イベンターとメンバーとで、呆然としたまま、その場から誰も立ち去れずにいた。
 言葉なくぼーっとしていてもお腹は空くもんで、お弁当を出前したら、みな一様に関係のないことを話しながら、もそもそと食べ始めた。いつも通りに振る舞うことで、何かを堰き止めているようだった。

 その子のインスタグラムの、まだ残るストーリーを眺めていた。西日の照らす風景だった。

 数時間後、メンバーに迎えがきたのをきっかけに私たちはお開きとなった。


 帰りの電車のなかは強く日がさしていて、神奈川をすり抜けて東京へ向かう。
 さなか、ふとアル中の幼馴染のことが気になって、引き寄せられるように彼女の最寄駅で下車した。

 彼女は急に押しかけたにもかかわらず、ストロングゼロを何本も飲みながらご飯を作ってくれた。
 こんにゃくの辛いの、ほうれんそうの胡麻和え、鶏肉を焼いたのを食べながら私もストロングゼロを飲んでみて、「こんな強い酒を毎日飲んで、お前の健康が心配だ」などとくだをまいた。
 その日はたくさんご飯を食べた気がする。ご飯を食べて生き続けるほかないような気がした。

 結局そのあとは、なんとなく映画を見ながら、私が待っている返信の話や、やるせない怒りの話ばかりを聞いてもらって、いつの間にかコタツで気絶した。もう春なのにまだコタツ出してんのかよ、ナニモクなんだよ、とか言ってごめん。

 深夜、つけっぱなしにしたテレビの音で目が覚めた。

 恋人が買ってくれたというバカデカいテレビ画面いっぱいに、懐かしいアニメ映画が流れていた。クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国のラストシーンだった。なんでだよ。
 飛び降りようとしたケンとチャコが見下ろす空が、あんまり青くて、私はコタツにもう一度潜り込んだ。

 目が覚めたらストーリーは消えていた。


 数ヶ月経ったある日、思うままに文章を書き、書いたはいいが公開するかどうかすごく悩んだ。無関係な私の、かなり勝手な日記だからだ。
 悩んだ末に、亡くなった子の友人に連絡を取った。
 「最近ちょうど私も、周りも、あの子のことを話してたから、連絡がきてびっくりした」
 「町田に遊びにきてたのかな」
 「虫の知らせってあるもんだわ」
 本当松である。

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