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徐明浩というは暖かな月と見つけたり

※前半全て自分語りの暗い話です

愛とは与えられるものであり、愛される資格がある者だけが貰うことのできる特別なものだと思っていたあの頃の私へ

愛とは何か
人それぞれ答えは違うと思う。

ある時まで私は
愛とは、愛される資格すなわち能力(知識や技術、お金や社会的地位など)があり他者に貢献し役に立つ者に与えられる、いわば等価交換のようなものだと思っていた。
したがって、何の能力もなく誰のためにも役立てない人間は愛されないと思っていた。
なぜなら自分がそうだったから。
跡継ぎに求められる「性別」じゃないから愛されなかった。
投資した分だけ返すことのできない「金食い虫」の「無能」だったから愛されなかった。
知らないものや人が異常に怖くて勇気の出せない「根性無し」。
かといって近い人と仲良く親切にできるわけでもない「穀潰し」。
「無い無い」ばかりの私は愛されることもなかった。

でも愛されたかった。どうしようもなく愛に飢えていた。
どうにかこうにかすくない脳みそでひねり出した考えは「自己犠牲」だった。
ダメな私は何かアクションを起こすとダメ。
それなら身勝手な自分は殺してひたすら受動でいればいいのではないか。
つまり、人の言うことをよく聞いて同意する。
世間や他の人と半音ズレた感覚や意見を出して無能だと思われ嫌われないように赤べこになった。
聞き専になってひたすら同調し耳障りの良い言葉を並べれば、
みんな自分のことを「優しい子」だと言って仲良くしてくれた。
愛だと思った。
虚しさを感じなかったわけではないが、愛され求められる心地よさに酔っていた。

しかしこの愛され戦術は終わりを迎える。
一つはこれは自分にとって想像以上に苦痛だったこと。
人間努力は続けられるが無理は続けられないのだ。
そして、赤べこでいられる日はいつまでも続かないこと。
高校生なら何も考えず先生の言うことを聞いて、公式や単語を覚えればそれでいい。 
しかし大学生ならそうもいかない、自分の考えが求められるのだ。
大学のシステムもさることながらコロナでコミュ障殺しの孤立奮闘状態。
大学生活の到来とともに私への愛も途絶えた。

そんなある時、いつの間にかハマったSEVENTEENの「Ready to Love」をタイトル曲にしたアルバム「Your Choice」のショーケースをたまたま見た。
「Ready to Love」は自分がSEVENTEENを好きになったきっかけの曲であり、
リズムも歌詞もそのアルバムの意味も徹頭徹尾好きで溢れた一曲だ。

ショーケースには、「Ready to Love something」をテーマにメンバー1人1人が「何を」愛する準備ができているかを発表するコーナーがあった。
そのコーナーで私は自分の人生を変えてしまう回答を目にすることになるのだ。
それこそ、THE8こと徐明浩の回答だ。

「僕は僕の足りなさを愛する。あなたの足りなさまで愛する」

SEVENTEEN (세븐틴) #OUTNOW COMEBACK SPECIAL - YouTube
22:22~

衝撃だった。
まず足りなさ、つまり短所を愛するという考え方があるということ。
だって、~だから好き/嫌いという文章がある時、肯定的な言葉の後に好き、否定的な言葉の後に嫌いが来るのが定石だ。
だから、優しいから好きとか行動が遅くて嫌いだとか言われた時にはもっと優しくあろうとするし行動は早くしようとする。なぜなら愛されたいから。
短所を褒める人間はまずいないし、短所は人から嫌われる原因だ。
だから、足りなさ(短所)は愛される人と最も遠い存在だと思っていた。
が、そんな足りなさまで愛するというのであるこの人は。
完璧じゃない姿も、足りなさも愛するよなんて言ってもらったのは初めてで、そんな人がいるんだと信じられなかった。

しかも、それが「自分自身」―完璧超人アイドルの数少ない些細な足りなさならともかくとして、「他人」のしかも一般人であるファンの足りなさまで愛する、ということ。
そんな懐の深い人間初めて見ましたが。

ここで今まで同じINFJで言葉数の多くない彼は私と似ていると勝手に思っていたが、実はそんなことなかったってことに気づく。
自分のことは認めて愛してほしいくせに他人の弱さも自分の弱さも認めないまま求めるだけの私とは違って、彼は彼自身の弱さも他の人の弱さも認めたうえで愛している
それに嫌われるのが怖くて自分のために黙っている私と、相手を思って言葉を選んで母国語ではない言葉を使う彼とでは同じ静かでも全然違う。

そんな自己嫌悪をよそに、ささくれ立った私の心に不思議なくらいあっけなくその言葉は染み込んでいった。
丁度この頃はコロナが明けて対面授業が始まったものの、意見必須なグループワークに全人類から同意を求める人間は無論参加できず赤べこ物置になっていた。
やる気のない不真面目意見ナシ赤べこならいいが、こちらは無駄に理想だけ高い真面目意見ナシ赤べこだったので、役に立てず孤立する状態に泣いた。
相談できる友達もいないので苦しみを共有することもできず、明日が来る不安から夜眠れなくなり、静かに引きこもりになっていたった。
今日こそ行こう。そう思っても布団からでることはできない。
ただただ時間だけが過ぎて行き、何も果たせない自分だけがいる。
あるべきキラキラ女子大生の自分と現実の引きこもり社不の自分のギャップに落ち込んで自己嫌悪のループに陥っていた。
そんな時に、自分自身ですら愛せないダメなところを愛すると言ってくれた君の存在がどれほど大きかったか。

完璧以外は許せないから、失敗するのを恐れて挑戦してこなかった。
けど今は何度失敗しても、自分を愛してくれる人がいると思うと頑張れる。
変な話だけれど、ダメな自分も愛してくれるというなら失敗したところで、というマインドでいた。
例えば、以前私は電話に慣れてなくて電話かける時には、台本を作り練習をして淀みなく言うという30分くらいかけて完璧にした状態じゃないと無理という人間だった。信じられない。
がしかし、人間当日になるとめんどくさがる生き物である。
歯医者予約する→当日歯医者行くのめんどくさい→キャンセルの電話怖いだるい→無断ぶっち。という最悪の循環が出来上がっていた。
しかし、
「台本がなしで言ったら確実に失敗する終わりだ」というスタンスから、電話で別に失敗してもいいか…→電話する→案外秒で終わる→できる!っていう失敗してもいいというマインドでやってみたら案外いけた。
ダメな自分にはできないっていう先入観がどんどん壊れていって、色々なことに挑戦できた。

以前ある本で虐待を受けた人の1/3は大人になった後も自分自身に虐待をする一方で、2/3の人は虐待の連鎖を受けないと書いてあった。
その分岐点はたった一人でも理解者がいてくれたかどうか、だそうで。
私にとって徐明浩くんはそのたった1人の理解者であってくれた人。

あなたと出会えたことは人生の幸福の一つです。
おかげで無理をして愛されるよりもありのままで嫌われるほうがいいとすら思うほどに、今の自分は割と好き。
贈ってくれた言葉はその時から今まで携帯のロック画面にして日々を生き抜いています(everydayFML)。
愛してくれて、愛することを教えてくれてありがとう。
CARATをいつも信頼してくれて、等身大の君を見せてくれてありがとう。
あなたのような人に出会えたから、私は今自分らしく生きていいと感じながら生きようと頑張ることができるよ。

このノートの終わりに自分にとってあなたは何かと自分に問いかけてみる。
アイドルとして輝きながらも眩くて近づけないほどの光じゃなくて、暖かな光で私たちを照らしてくれる「月」がふと思い浮かんだ。
真っ暗だった自分の世界で、ずっと下を向いていた私に光を注いで顔を上げさせてくれた唯一無二
辛い時の記憶も大切にして、大変なことはCARATとお互いに話合いたくて、鬱な時は鬱だし相談して回復しても1人の時にまた辛くなる、って言う辛い記憶さえ自分の一部として大切にする飾らないあなたの言葉一つ一つが光のベールみたいに私を包み込んでくれる。
怖いとかクールで誤解されやすいって言われても、「大丈夫です。わかっている人はわかってるから。」と、自分を理解してくれる人がいるからみんなに理解される必要はないという姿勢が好きだ。
きっと君に出会う前の捻くれた私なら「そう思えるほど愛されてるなんて羨ましいね」なんて憎まれ口言いをたたくと思うけど、あなたを知った今は同じ気持ち。

月は太陽と比較されて静と動なら「静」、温冷なら「冷」というイメージがあるけど、実は冷たくも熱くもなる二面性のある存在だということを知らない人もいたりする。きっとそれはハオちゃんも同じで、彼に冷たいイメージを持つ人もいるだろう。
でもそれは違うよって声を大にして言いたい。
自分が大嫌いだった私に愛をくれた人。
ハオちゃんの優しくて暖かいところを少しでもたくさんの人に知ってほしい。

自分の心の整理と感謝の気持ちを伝えたくて自分の気持ちを綴りました。
欲を言えば、この記事でどれほど徐明浩が素敵な人なのかを知ってもらって、もしかして私が救われたようにこれを読んでくれた誰かが自分を愛せるきっかけになったら幸いです。


愛とは何かはまだはっきりわからないけど、徐明浩くんがCARATに向ける感情全てはきっと愛でそこから生まれる私の気持ちもきっと愛だと気付いた私より

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