ため息をつく
長かったのか短かかったのか、夏休みが終わる頃の昼下がり。何をするわけでもなく紀行番組を録画したDVDを見ていた。ロンドンを出発し、オックスフォードを通って、バーミンガムへと続く。英国の車窓から見る風景で美しいもののひとつは牧草地である。と言って、反対する人は誰もいないだろう。時々、広い緑の大地に羊が遊んでいるのが見える。国土は決して広くないのに、伸びやかである。でも、本当に平らですね。ほとんど山らしい山が見えない。そういえば、山と認められる高さの基準を満たすために村人が総出で土を運ぶ『ウェールズの山*』なんていう映画もあった。
これに対し、わが国の田園風景と言えば、何と言っても水田の景色に違いない。たいていその向こうに山も見ることができる。水が張られて苗が植えられてから刈り取られるまで、その全部が美しい。いや刈り取られた後もなかなか魅力的だ。車窓から見える景色を時々に撮った写真を見ると、一層そう思う(当然、これらは構図やら露出やら作為の入る余地は全くないのにも関わらず、だ)。英日の田園風景は、いずれ劣らず素晴らしい。しかし、わが国のそれはだんだん減ってきているようなのが残念(彼の国のことは、知らない)。
ただ、こうした風景を見ながら暮らそうとすると、かなりの不便を強いられそうです。公共交通機関が乏しい、公共施設が少ない等々、自前でなんとかするしかない。若くて元気が(あるいは元気だけでも)あるうちはいいけれど、体力がなくなったらとたんに無理なような気がしてしまうのが残念。
不意に、ゼミをやめようかと考えているというメールのことを思い出した。その時、僕は泣きたいような気分になったのだ。それは、たぶん、自分が何も成し遂げることができなかったという気持ちに連なる。いや、たぶんというのは正確じゃない。確実にそのことを自覚させられるせいなのだ。何か一つのことに打ち込んで、これを続けるということはついぞなかった。
そんなことを思いながらも、まだぼんやりと時間をやり過ごす。これではいけない。ディスクを入れ替えて、『威風堂々』を聴いて、自らを鼓舞するしかなさそうだ。すぐに、好きで絵を描いているのではない、絵を描くよりも『遊んでいる時がいちばん楽しいのです』という熊谷の言葉を思い出したけれど、こちらはしばらく忘れていようと思い定めた。
そして、本当に年取ったのだなあと、ため息をつく。(F)
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