見出し画像

超年下男子に恋をする㊹(恋すれど恋すれど我が想い楽にならざり枯れた手を見る)

 彼の手がとても好きだった。

 よくある手のひら比べ。
 指の長さはそれほど変わらない。でも彼の手は幅が広くてその分大きく感じる。色白なので手も白く、肉厚というか、柔らかそうで、お餅みたいとよく言った。
 酔って指先を絡めた恋人繋ぎ、指相撲、手のひら比べとマッサージ。
 理由がなければ触れることもできなかった手。

 逆に私は自分の手を見せるのが嫌だった。加齢は手と首に顕れる。

 ミワとプリクラを撮った時も手慣れた加工で目や口をいじるミワに対し、私が修正箇所を指定したのは首。ミワはポカンとしてたけど、私にとって気になるのはそこ。目の大きさなんてどうでもいい。

 バイト中、私は薄手の手袋をしていたけど、レジでお金を触るからという理由がありながらもホッとしていた。
 私と彼はレジで一緒に働くことが多いし、ラストのレジ上げでは一緒にお金を数えたりもする。手を見られたくない。私の手は細く萎びてしまった。よく華奢と言われた手だけれど、肉付きが悪いせいか骨ばって血管も浮いてきた気がする。若い頃の手なんて覚えてないけれど、彼の瑞々しく水分含有率の高い手と比べるとどうしても萎れて見える。

彼に

「マスクしないほうがいい。安心する」

と言われた時も、まさかほうれい線?と思ったけれど、私に目立つほうれい線はない。
 どうやらマスクだと目が強調されて「目力があって怖い」ということらしいけど、それでも焦った。
 それぐらい、私は過敏になっていた。
 女子高生カリンのマウントもあったからかもしれない。
 でも何より彼の「二十歳なら彼女にしたのに」がもう永遠の呪いのようになってしまっている。

 でも結局そんなの関係ない。
 一目で恋に落ちるなら相手の年など関係ない。
 むしろ私が思ってる。どうしてせめてあと10年早く生まれてこなかったの?と。
 でも彼の年齢にしてみれば一つや二つでも年の壁があり、学生と社会人はそれ以上に遠い。
 ただ彼の親友の彼女は年上の社会人。同棲しているらしく彼は羨ましがっていた。
 だから結局年じゃない。
 きっと私が「二十歳なら付き合えたかも」と思いたいんだと思う。
 これは自分にかけた呪い。

 自分のものにならないのならば、誰とも恋をしないでほしいなんて、まるでアイドルへの押しつけ願望みたいのがあったけど、今はもういっそ彼も恋をしてボロボロになればいいのにとすら思う。恋に恋する状態から、リアルを知って叩きのめされればいい。

「自分から好きになる恋の苦しさを味わったなら、今度は愛されて愛されて仕方ないって体験してみない?」

なんて軽く言える。

 どうせ恋の賞味期限は三ヶ月ほど。
 その三ヶ月、たっぷり愛されてみないかと。

 色々なパターンの恋を体験しなきゃ、自分が何を望むのかすらもわからない。

 でも過去に戻ってこんなことを二十歳の私に言ったところで受け入れることはないだろう。彼もきっと同じと思う。これが彼と私の重ねてきた月日と経験値の違い。きっと永遠に埋められない。

 ごめんね、初めて手を繋いだのも抱きしめたのも私で。

 ミワの柔らかい手に触れながら、女の私でさえ気持ちいいなと思ってしまう。こんなに手を気にすることは以前はなかったのだけど、彼が大人びていくほど、私が枯れてくようで辛い。あんなに幼さを残していた彼がだんだん男の顔になってくる。

「お母さんといるみたいで楽」

とか

「僕のことすごく甘やかしてくれますよね」

と嬉しそうに言われると、前なら可愛いと思ったのに、だんだんつらくなってきた。

 この頃の私の情緒不安定さに彼は困っていたと思う。

「山田さん、いつもこうじゃないですか」

と手を上下させて感情の起伏を示す彼。

「そんなことないよ!」

「そんなことないよ!」

また物真似をしてからかう。

「僕、家でもあまり強い言い方されたことないし、そういうの慣れてないから」

と付け加えながら。

 たしかに彼のお母さんは大声出すようなタイプではないし、世間体や常識を物差しとしていつも息子を諭している印象。

 いきなり海外に行って生活したり働いたり、決して安定しているとはいえない人生を送ってきた私は彼にとっての非常識。

「僕には絶対できない」と言われたこともある。

 節分の時も私は友達と彼がバイトしてるところへ行き、節分の豆をプレゼントして豆まきしようなんて言ったら怒られて、仕方ないから友達と駐車場でやったら彼に「信じられない」と言われたり。

「えー、でも豆は全部(友達が)拾ったよ」

と言ったけど彼はあきれていた。

「山田さんって子どもみたいな人ですね」

と言われたこともある。

 二人でじゃれあっている時は確かに小学生状態で、もともと私の中にある子供心が彼の無邪気さと共鳴して、すぐに仲良くなれたのかもしれない。

 でも彼はだんだん「男」になっていき、私も「女」が出てきて、前みたいに無邪気なだけの関係性ではいられなくなった。

 本当に心だけで触れ合っていられたら、見た目の衰えや年齢なんて気にすることはなかったのに。誰に言われるわけでもないのに、自分が一番自分のことを「若さ」を価値に苦しめていた。

 彼に仕事を教えて育てることができたのも、彼のすべてを許して甘えさせることができたのも、今の私だから。今の私を彼は尊敬すると言った。

「女」ではなく「人」として彼を深く愛せたら、今も繋がっていられた?

 彼に躊躇なく老いさらばえた手を差し伸べることができればそれが「愛」。

 私はただただ「恋」してた。

 そして今もまだ「恋」してる。

 




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?