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いつか形にしようと考えている作品「Cocoon」について

あるルポルタージュを読んだ時、頭の中で靄のように湧き上がってきたアイディアがあった。
で、それをストーリーの形式に落とし込んでpagesでまとめた。アイディアの名前は「Cocoon」、あらすじはこんな感じ。↓

物語の主人公、掛川安樹子(かけがわ あずこ)は27歳。太平洋沿いの東海地方のある街から、3年前に北陸の片田舎へ嫁いできた彼女は、幼い頃からずっと「ひとりになりたい」という気持ちを胸に抱えていた。誰にも邪魔されず、誰も邪魔せず、たった一人で生きていけたら…しかし彼女の周りの人々はそんな事を許してくれない。家族も友達も、お見合いで知り合った旦那とその両親も…繋がり合うことが当たり前の社会で、安樹子は「たったひとりになれる場所」を探していた。そしてある日それが、自分が嫁いだ先で通勤のために買った中古の軽自動車の中にあることに気づく。

そんなある日、突然起きた大地震で、安樹子の住む港町は津波に襲われた。友達の家に泊まると嘘をついて、隣町の道の駅で車中泊していた安樹子はただ一人助かり、家族は全員、津波に巻き込まれて死んだ。その事を知った安樹子は、自分も死んだことにして外の世界とのつながりを絶ち、自分を守る「繭」のような車に籠って生活する ようになった。

時を同じくして、地方のテレビ局に勤める若手ディレクターの吉田(25)は、車上生活を送っていた老人が、車内で妻の遺骨を抱えて凍死していたという凄惨なニュースを見て、車上生活を送る人たちを取材し、ドキュメンタリー番組を作ろうとしていた。車上生活者がよくいるという道の駅のスタッフに電話で連絡をとり、その中で安樹子の存在を知った吉田は、彼女にコンタクトをとって取材をしようとする。 彼女の性格を理解し、自分の事を「テレビの中の透明人間だ」と説明し、少しずつ信頼を築いて安樹子と会話ができるようになった吉田は、彼女から「人の強さは、誰かに弱さを預けて初めて出てくるものだ。私は色んな人に弱さをなすり付けられた。その醜さを知っているから、私は誰にも自分の弱さを押し付けたくない。」「私はもう、誰とも繋がり合わない。それじゃ死んじゃうでしょって言う人が居るんなら、それでいい」という言葉を聞く。
「ずっと、どこか自分は人じゃないんじゃないかって感じがしてた。私は...そう、 蛾して生まれてくるはずが、間違えて人の形になったんですよ。」と、安樹子は駐車場の街灯にたかる蛾を眺めて呟く。

吉田は録音・撮影したテープを編集しながら、安樹子の現状を見て、「止むに止まれず車上生活をしているのは、事情がある可哀想な人たちなんだ」という自分の考えを見つめ直す。 「普通の社会で人に揉まれて暮らすより、どれほど不便でも車で孤独に生きていた方が幸せなんだろう。あの人は、あの鋼鉄の繭の中で、やっと平穏を感じているのだろう。」 「本当に苦しいのは、物理的な貧しさではなく、『心の貧しさ』なのかもしれない。だとしたら、彼女を救う方法なんて、この世界にあるんだろうか?」と、自分がディレクターとしてやろうとしている行いの残酷さに立ちすくむ。

月日が経ち、体調の悪化を感じていた安樹子は、一人になる前の生活の中で、自分が妊娠していた事に気づく。死んだ夫の赤ん坊は、堕ろす金もない状況で着実に自分の中で育っていく。吉田に気づかれるのを恐れた彼女は彼との関係を閉ざし、ついに自分の車の中で、たった一人で出産してしまう。 産声をあげる赤子を抱き抱え、どうしようもない「嬉しさ」に押しつぶされそうになる安樹子。

一晩思案した安樹子は、赤ん坊を助手席に乗せて、自分が生まれた故郷の街へと向かう。赤ん 坊と一緒に海沿いの断崖から飛び降りて死のうとしたが、腕の中で無邪気に笑う我が子を見て心が決壊してしまう。
「蛾が人間の子供産むわけねぇだろおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
そう絶叫し、泣き叫び、海を望んだ崖際にへたり込んでしまう、自分の人生を振り返り、しばらくして起き上がり、駐車場の公衆電話から吉田に電話をかける。 「吉田さん。ごめんなさい。私、遺したかったの、もう生きたくないとかって言いながら、ほんとはテレビで色んな人に、私のことを知ってほしかった」「最後です、本当にもう最後。最後に、ちゃんと誤魔化さずに、ウソつかないで私は私になるから、ちゃんとなるから。ごめんね、ありがとう。」そう言って、自分が今いる場所を伝え、電話を切った。
連絡を受け、現場の海に駆けつけた吉田。崖際に安樹子の靴を見つけ、遥か眼下に広がる海を眺めながら、「安樹子さん、蛾なんかじゃない。あなたは人間だったよ。どうしようもなく、そしてちゃんと、人間だった。」と、静かにつぶやく。

こんな感じ。
どんな媒体で表現するかはちょっと悩んでいる。一番いいのは映画とかかな。僕は漫画家だけど。この作品の「臭い」とか「痛み」「光」みたいな要素の質感はできるだけリアルにしたい。実写の映像ならそういうものの細かいところまで映せると思う。漫画でもいいけど…

なんでこんな話を考えついたのか。
多分その答えの根底には、指先で摘んだ端から崩れてしまうような、不安定な「人間性」と「人間らしさ」のせめぎ合いがある。
「理性」と「本能」とも言い換えられるその二つは、お互いを支え合い、また破壊し合う。理性は本能を野蛮だと教育し、本能は理性を「俺がいなかったらお前も存在しないくせに」と論破する。
最近そんな大喧嘩が、安樹子さんのように、僕自身の心の中でもたくさん起きている。この感覚が新鮮なうちに、ちゃんと形にしなきゃと思った。

もう1つ言うと、最近になってやっと車の免許を取ったのが影響してると思う。ルポを読みながら、車上生活をしている人の身体感覚が少しずつ自分の中に染み込んできた。
車はパブリックでありながら、プライバシーな空間だ。時速50kmとか80kmで走る金属の個室には、乗っている人以外は誰も干渉出来ない。安樹子はやっと理想の孤独に出会えた。しかしその時にはもう遅すぎた、車に逃げ込むに足るような彼女自身の過去の記憶は、駐車場に停めた静かな車内で、彼女の頭の中に響き渡る。
だから走るしかない、ガソリンスタンドによる暇も金もないから、走るしかない。ガス欠でエンジンが焼け付き、否応がなしに止まるその時まで。

過去は安樹子を苛み、責め立て、そして孕ませ。彼女の「人間らしさ」を彼女に認めさせようとする。それに対し、彼女は最後の力を振り絞って「人間性」を掲げる(掲げてしまう)。…とか。
なんかそんなような事が頭の中でぐるぐるして、行ったり来たりしている。
だからそろそろ、形にしてしまわなければいけない気がするんだ。

別に「お前ら全員死ね」って言いたいわけじゃない。そんな事を言ったら、一番人間らしい僕が真っ先に飛び降りなくちゃいけないし。
僕は僕で、もうそういうのにはある種、諦めがついてるんだ。
だけどたまに、こうした表現を通して、また追い求めたくもなるんだ。

とりあえずは、まず取材をしなくちゃなと思っている。
1週間とか2週間、もっと?1ヶ月とか、車の中だけで、実際に安樹子が辿った道のりを(あらすじには書いてないけど僕の脳内には設定されてる)、道の駅に泊まりながら辿ってみなきゃ、リアリティが生まれない。
それから脚本を書く。その先の事は…まだ検討中。漫画にするなら費用とかやり方が分かるけど、映画にするとなると…機材とか俳優さん、スタッフ、上映会、DVD…その他諸々。僕一人では手に負えない。

まぁそんな感じのことを考えつつ、生きているんです。
いい作品になると思うんだけどな。どうだろう?

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