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人生とは、思いがけない場所に立っていることをいうのかもしれない

緒 真坂さんに影響されて、書いてみました。

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窓からの日差で、布団がほんのりと暖かだ。
多分いつものように午後も遅いのだろう。
今日は小春日和ってやつだったようだな。
もぞもぞと足だけ出してみる。
部屋のすみ、カーペットの下の畳に目が行く。
「ダセェな」としみじみ思う。
パイプベッドがギジリと鳴った。
小さな部屋の小さなな怠惰。
おれは起き上がることなく手を伸ばし、タバコに火をつける。

「ねえ、あの曲かけてよ」
いつのまに目覚めたのか、隣で彼女が、布団から目だけを出して言った。
またかと思いつつ、身体を伸ばし、積み上げられたCDの一番上からそいつをつまみ上げた。
最近の彼女のお気に入り。
なので、もっぱらここがコイツの定位置になっている。
一曲目のボサノバ調の柔らかなジャジー感が、妙にまったりとした夕方に合った。
エブリシング・バット・ザ・ガールの「エデン」
タバコの煙が、陽だまりの中を舞う埃に絡みながら、ハメ板の天井にゆっくりとのぼって行く。
「私ね、このアルバムの曲って、全部、私のことを歌ってくれてるみたいで好きなのよね」
「なんだよそれ。英語なんてわかんねだろう」
「だからじゃん。だから勝手にそう思えるんだよ」
「なんだそりゃ」
だけど、妙に納得する。
この「エデン」の曲はどの曲も、どんな時でもおれの気持ちにしっくりと馴染む。
朝でも夜でも、晴れていても雨の時も、こんな午後の日差しの中でさえ。
二人とも真っ裸だっていうのに。

今日も、トレーシー・ソーンの声は、二人を優しく包むのだ。
おれたちはこれからどうなるのだろう…
ずっとこんな日が続くわけがないのは分かっているさ。
そして今日という日も、昨日と変わらずだらしなく過ぎて行くだろう。
だから、タバコを消して、隣の彼女をいつもよりも強く抱きしめた。
彼女の肩が、少しヒンヤリと感じた。

あれからずいぶんと月日が流れた。
今では、彼女の顔の記憶も少し曖昧だ。

まして、彼女と交わした約束など、とうに忘れてしまった。
多分、いくつもの約束を交わしたはずだ。
あの時、真剣に交わした約束。
ただ、絡みあう脚とふわりとした毛の感覚だけが、心の奥の方に引っかかっている。

あの時、ぼんやりと考えていた未来とは程遠い今。
人生とは、思いがえない場所に立っていることをいうのかもしれない。

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