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「サッカーをやっていた頃は、足元にボールを受けてからだけの、ダメな選手だった」シュライカー大阪・稲田 瑞穂

これまでのシュライカー大阪の選手インタビュー記事はこちらにまとめてます。

稲田 瑞穂と言う男

兵庫県西宮市出身で、AB型。小さい頃は人見知り。家族構成は姉と両親。今は嫁と子どもは7才(小学1年)と3才の男の子が2人。寿司や(温泉に行ったときなどに食べる)日本食が好き。

利き足は右だが、「ドリブルは左」。シュートも右、左、両方で打てる。特に仲が良いのは田村 友貴選手。フットサル以外の趣味は"ヒップホップ(ラップ)バトル"。

好きな漫画は『スラムダンク』。休日は子どもと遊んだり。(子どもが)習っているサッカーの練習を見に行ったりしているという。自身も左にボール置いてたら両足蹴れるようになった経験から、長男は左利きにしたくて、ボールを足の左に置いていたら、左利きになった。ただし、下の子は同じことをしても右利きになったそう・・・。

好きな言葉は『一期一会』。あだ名は『ミズホ』、小さい頃は『稲ちゃん』。子どもの頃は「人見知りで、恥ずかしがり」だったと言うが、ゲームなどはほとんどせず、外でサッカーや"ドロケー"(泥棒と警察)をして遊ぶ幼少時代を過ごした。

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Jリーガーめざし、サッカーで歩いてきたエリートコース

そんな稲田 瑞穂選手がどのようにフットサル、サッカーを始め、Fリーガーとなったのだろうかー。

サッカーは「公園で、近所のお兄ちゃんたちに混ざってやった」のがキッカケ。お父さんは「野球をやっていたので、(野球を)やって欲しかったと思う」が、Jリーグが始まったのをキッカケに、小学1年生から西宮SCでサッカーを習い始めた。「カズとかめっちゃ好きだった」という。2年生の時に転勤で横浜へ。そこで、6年生まで『横浜マリノスプライマリー追浜』に所属し、6年生のときは全国大会に進出。群馬の強豪・FC邑楽に敗れたものの、ベスト8まで進出した。

「周りにうまいやつがめっちゃいた。県トレでは。鴨居SCの谷口 博之(サガン鳥栖ほかで活躍)が居て、その頃はまだ小さかったがうまかった」と振り返る。

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