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神様がサイコロを振っているなら
神様がサイコロを振っているなら
私のさいきんはずっと「1」かなあ。
まだまだ満足してないからの「1」。
選択っていっぱいあります。
無数に枝分かれしていて。
一つ決めて進むたびに、進まなかった方のことを考えちゃうことがある。
その瞬間、進まなかった方の道に花が咲く気がしませんか。
それが気になって、またその咲いた道の先を考えてしまう。
あら また咲いた。
そんなことを考えながら、まさにいま選んでいるのが、砂利みたいな方です。
思い出や、想像って、想ってくれると咲くんですね。
いいものに勝手に昇華されるのでしょう。
そして気がつくと自分の前には花がないのに気づくんです。
これもまあ私、全然良くて。なんか現実っぽいし。
咲いているのは、自分のじゃない方の道であって。
それは理解している。それでも私には砂利の方がいいかな。
あ いい話だとおもった?違うんです
メルヘンやってる暇がないの
選ばなかったものはきれいなんです。
見えないから、好きな風に思っていていい。
でもそれは、嘘の世界だって忘れないように。
そして今の自分に集中しなさいってことですね。
じゃないと、今選んでいる人やものや居場所に失礼でしょう
それに真剣に。
砂利道は、ザクっザクっていい音だよね!
踏みしめて、進んでいる実感がある。
自分次第で、良かった日、よかった道にできるよ。
嘘の花に、水あげていないでね。
自分が納得のいく今日にできたら
1を6にできる
わたしたちは、神様の振るサイコロの目を
変えることができるのです。
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