【小説】楊菲菲プロデュースから始まる、キミの人生サクセスストーリー!
2020年4月、今日から俺はこのプロダクションのプロデューサーだ。
よし、絶対成功してみせるぞ!
そんな風に意気込んでいられたのは最初だけで……
路上での名刺配りやアイドル候補生のスカウト、テレビ局への営業と慣れない仕事で大苦戦。常務からも無能と思われてるみたいで、結果を出せなければ試用期間でお役御免になりそう……
「プロデューサーさん。大丈夫ですか?」
デスクで落ち込む俺にスタミナドリンクを差し入れてくれたのは、先輩事務員の千川ちひろさんだ。
「あ、ありがとうございます。はぁ……」
「最初はなかなか上手くいかないものですよ。頑張ってくださいね」
「はい……」
気もそぞろな俺の返事に、ちひろさんは口をへの字に結ぶ。
「うーん……」
そうしてしばらく眉根を寄せていたかと思うと、不意に自らの両の手、てのひらを合わせて口角をあげるのだった。
「そうだ、楊菲菲ちゃんをプロデュースしてみませんか?」
「えっ、でもまだ俺新人ですし、誰か一人の専属になるなんて……」
今の俺はサブとして他のプロデューサーが受け持っているアイドルたちを少しずつサポートしているだけにすぎない。どちらかといえばマネージャーな立場だ。そんな俺に専属のプロデューサーが務まるだろうか?
「大丈夫ですよ。楊菲菲ちゃんはきっとあなたを支えてくれますし、彼女もあなたの支えを待ってますよ♪」
「そ、そこまで言うなら……」
こうして、俺はちひろさんの勧めるがまま、楊菲菲のプロデューサーになった。
―――
初顔合わせの日。
「どもー! プロデューサーさん、ふぇいふぇいダヨー!」
元気な挨拶。きらきらな瞳。屈託のない笑顔。これが、アイドルか……。
「プロデューサーさん?」
「あ、い、いや、これからよろしく」
気を取り直して挨拶を返す。彼女がこちらへと手を伸ばしてくる。
「よろしくデスネ!」
握手の要求だ。差し出された手を握り返す。華奢だ。柔らかく、温かいてのひら。強く握れば砕けてしまいそうで。彼女を守りたい。なんとなく、そんな実感が湧いてくるのだった。
―――
「オーディションの結果、どうだったカナ?」
「えっと……この度はご希望に沿いかねる結果になってしまい……」
送信されたメールの文面を読み上げる。
「落選カー」
彼女の瞳に暗い影が差す。かなりの婉曲表現なのに理解できるあたり、俺の表情や醸し出す空気を読んで察したのだろう。何か励ましてあげなければ。でもこんなとき、どんな言葉をかければいいんだろう……
まごまごしていると、彼女はおもむろに自らの頬を両手で強くはたく。
「よし、次頑張るヨ!」
「え……」
落ち込んだのは一瞬。すぐに彼女は前を向いていた。瞳に、輝きが戻っている。
「ショックじゃ、ないのか?」
「ショックはショックダヨ。でも、落ち込んでる暇はないネ!」
彼女のプロフィールを思い出す。そういえば、彼女は出身である香港でアイドルになれなかったという経歴だった。
「失敗を恐れてたら前に進めないヨ。ゲンキンがあれば何でもできる!」
怪しい日本語と共に、ぐっと拳を強く握りこんでいる。脆そうなか細い手だと思っていた。だがそれは違った。彼女の腕は柳のようだ。細くてもしなやかで、折れることを知らない。
「あ、ああ、そうだな……」
俺は彼女の強さに支えられながら、同時に彼女を支えながら……二人三脚の日々を過ごした。
―――
とあるオーディション当日。彼女は書類選考を通過して、最終面接にまで駒を進めていた。俺は部屋の隅に立ち、ひとり部屋の中央でぽつんと座っている彼女の背中を見守ることしかできない。
面接官は、書類を見ながら質問する。
「楊菲菲さんね、あなたならこのヒロイン役をどう演じることができると思いますか?」
あっ、これは昨晩のミーティングで想定した問答だ!
「ふぇいふぇいは日本語、広東語、英語のtrilingual、デス。この作品のヒロインは、英語を喋るシーンも多いので、nativeな英語力でキャラを輝かせるお手伝いができると思いマス!」
彼女もそれに気づいたのだろう、実際に流暢な英単語を交えスラスラと回答する。
「確かに、そうなんだよね。もちろん英語ができる外国人アイドルは他にもいるが、役柄が日本人の少女という点を考えるとアジア系のあなたが適任に思える……」
(よし……!)
俺がそう思ったのと同時に、彼女は背中に手を回して俺にだけ見えるようにサインを出す。サムズアップ。表情が見えなくても、俺たちは確かに通じ合っていた。
―――
オーディションの帰り道。建物を出て俺は彼女とハイタッチをかわす。
「イェーイ!」
「良かったな。正式な通達は後日になるが、お前に頼みたいって先方も言ってたぞ」
「昨日たくさん練習したおかげネ! ありがとネ!」
菲菲をプロデュースするようになってから、俺も随分とプロデューサー業に慣れてきた。彼女持ち前のポジティブさ、ハングリー力、諦めない心……そういうものが俺にも伝染したのだろうか。
「そういえばプロデューサー、ちょっと背、伸びたカ? 手届くのに、背伸びしなきゃキツかったヨー」
「ああ、お前のおかげで夜ぐっすり眠れるようになったからな。睡眠時間はともかくとして質が格段に良くなったし、菲菲をプロデュースすると背が伸びるのかもしれないな!」
そんな話をしていると、見知った顔が現れる。ちひろさんだ。
「お疲れ様です。迎えにきましたよ」
「あ、ちひろさん、お疲れ様です」
「ふふっ、その様子だとオーディションも上手くいったみたいですね。おふたりとも素敵な笑顔でしたよ」
「あ、はは……これも、ちひろさんが菲菲のプロデュースを提案してくれたおかげです。おかげで俺、成長しました」
「いえ、私としてもあなたがこのまま芽が出ないでクビ、なんてなったら寂しかったですし……」
ちひろさんの頬が赤い。もじもじと、指先をこねくり回している。
「えっ、それは……」
「あの、プロデューサーさん。この後祝勝会と打ち上げいきませんか? 菲菲ちゃんはお酒まだダメですから、その、ふたりきりで……」
「むー、ふぇいふぇいもジュースで参加するヨー!」「はは、ははは……」
むくれる菲菲を挟んで照れる俺。
菲菲をプロデュースするだけで、背は伸びるし恋も仕事も大成功。
アイドルマスターシンデレラガールズってこんなに楽しいんだ!
さぁ! 次は君の番だ! 楊菲菲ちゃんに1票入れよう!
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