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独り暮らししていたころ。

今同居している相方とは、かれこれ20年以上の付き合いですが、その前には、一人暮らしでした。

32年前。反対する実家を飛び出し、大学院進学のために、上京しました。高校時代に、修学旅行で東京に初めて来たとき、私は、その人の多さや交通量のすさまじさ、何より、ごみごみした街が一度で、嫌いになりました。

「私は、二度と、東京にはいかん!!!」

修学旅行から帰った時、私は、そう決心していました。

その私が、7年後に上京するなんて、自分自身信じられませんでしたね。人生、予測不可です、はい。

ただ、振り返ってみれば、私は潜在的に家を出たかったようです。家族との確執もありましたし、何より、一人になりたかった。自由に一人で生きて観たかったんです。

独り暮らしは、トータル8年ほど。最初は東京の中野区で2年。後は、千葉県の市川市で6年。この後、相方と暮らすようになるんですが、以来ずっと千葉県民です。

今回、メディアパルさんの企画に初参加ということで、一人暮らし時代の回想をしようと思います。何にしようかな、と思いましたが、台風に遭遇した時のことにしましょうか。

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当時、私はまだ大学院生。しかも修士課程の最終年で、いわゆる修士論文を出す必要がありました。学費などはなんとかできたものの、生活費に苦労していました。家の反対を押し切っていますから、一切の援助はありません。あれこれアルバイトでしのいでいたのですが、あの頃、何故か、バイトが一時期、なくなってしまったのです。

事情は、今や忘れてしまっています。いろいろ応募するものの、不採用が続きました。知人などの紹介で、なんとか仕事にありつけたものの、3つの仕事を掛け持ちして、一日10時間近く働いたあと、家に帰って、論文の下書きをする、という生活。睡眠時間は、平日だと平均4時間もあれば幸せでした。

平日の日中は、大手町にあった関東郵政局というところで、事務の雑用を8時間していました。火曜日と木曜日は、夜に大学の図書館で受け付けの仕事をしていましたから、ここでは少し早上がりしていたですね。金曜日は、夕方に塾で国語を教えていました。

今では、とてもこんな生活はできません。若かったなぁ、と、痛感します。

さて。こんな生活をしていた或る秋。関東を大きな台風が襲ったのです。何年前だったのかは忘れたのですが(計算してみると、たぶん28年前くらいのはず)、金曜日だったことだけは覚えています。塾に電話をかけて、仕事の有無を問い合わせた記憶が残っているからです。

当時、携帯電話なんて便利なものは、まだ世の中に出ていませんでした。だから、駅の公衆電話の長蛇の列に並んだものです。その時の不安が、いくらか記憶として残っているのでしょう。

予想していた通り、授業はなく、振替として、別の日になりました。そのことにひとまず安心したものの、次の難関が待っていました。台風の猛威のため、帰りの電車が、運転を休止していたのでした。

おなかが空いていましたし、何より、時間ができたのですから、早く帰って、論文を書きたかった。金曜日ですから、疲れも出てきています。一人ぼっちで、途方に暮れて駅にいました。

そのうち、近くの駅までの快速電車が運転再開、となりました。私は、本来は、各駅停車で帰るのですが(最寄り駅には、それしか停まらないので)、各駅停車の電車は、もう少し時間がかかるようでした。

11年前の東日本大震災の折、帰宅難民がかなり出て、たくさんの方々が徒歩で帰ったため、道路がふさがって、大渋滞になったことがありましたね。今は、この時の教訓から、臨時の宿泊場所などもあるようですが、私が途方に暮れたとき、そんなものはありませんでした。

それに、災害に遭遇した時、何が何でも帰りたくなるという気持ち、私にはわかる気がします。私の場合、帰ったところで、誰も待っているわけではないのです。けれども、ともかく、”自分の家”に帰りたい。理屈ではなく、そういう欲求に駆られるんですよね。

私は決心して、最寄駅の一つ手前まで乗っていくことにしました。そこからは、歩いて、家に戻るつもりで。

電車の本数が少ないですから、車内は猛烈に混んでいます。雨風もまだ相当なものなので、徐行運転だったように思います。それでも、ともかく家に帰れる! というので、私は、電車の中で窒息しそうな思いをしながらも、我慢して、降りる駅まで乗ったものです。

漸くの思いで、予定の駅で降りました。アナウンスを聞いてみても、やはり、各駅停車の電車は当分来ないようです。それで、私は、駅を出て、暴風雨の中を、歩きだしました。今思えば、夜ですし、危険でもあったのですが、疲れで気が立っていたのでしょう。

傘が全く役に立たない状況の中、ずぶぬれになって、歩いてゆきました。タクシーを使えばよかったのでしょうが、私にはそういう余裕がなかったんですね。タクシー代を食費にして、少しおいしいもの買って帰って・・・・。そういう風にしか考えられませんでした。

どのくらい歩いたんでしょうか。少しずつ、雨風の勢いが弱まってきました。気が付くと、いつも使う最寄り駅まで来ていました。

その時、駅を見上げて、愕然としたんです。いつも私が使う各駅停車の電車がホームにいる! 後で聴いたのですが、各駅停車の電車は、私がもう少し駅で待っていれば乗れたらしいのですね。

あの時くらい、全身が脱力したことはなかったです。しかも、その時には、もう傘も要らないほどの様子になっていました。

「私、何やってたんだろう・・・・・(>_<)」

独り暮らしをしているとき、しかも、家から出ているときに、災害に会ったとしたら、決して無茶はしちゃいけません。幸い、私は疲れただけで済みましたが、事故に遭う危険性も高いですからね。

いまでも、台風が来るというニュースを聴くと、あの時の自分を思い出します。そして、どなたも無事であるように、と、願うのでした。

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