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23歳になった いつ死んでも構わない 

23歳まで生きれるとは思わなかった。23歳という年齢は世間的見れば社会人1年目の年齢だ。世の多くの23歳は人生に希望を抱いてる奴が多いかもしれない。または失われた30年の日本に絶望してる奴の方が多いかもしれない。俺はどちらでも無い 希望も絶望もどちらも無く人生に完全に満足している。悟りを開いてるかもしれない。俺は物心ついた頃から吃音症だ。保育園小学校中学校高校社会人何度吃音を馬鹿にされ吃音と向き合い吃音に絶望し何度も自殺を考えた。小学生から中学生三年生まで将棋のプロを目指した事もあった。今プロで活躍してる将棋界の革命児藤井聡太7冠や若手ルーキーの服部慎一郎六段や石本さくら女流2段や山根ことみ女流2段と研修会時代に知り合えたのは誇りに思う。高校時代は毎度嫌がらせをして来た奴に堪忍袋の尾が切れて殴りかかったら間違えて止めに入った教師を殴ってしまい停学になってしまった。社会人になった時はパワハラを受けた事もあったし長時間労働且つきつい職場環境で休職して精神科に行った事もあった。その後会社を辞めて東京に一人旅に行った時に歌舞伎町でキャッチに1時間13000と言われて入ったおっぱぶで合計7万近く騙された事もあった。その後大阪に戻り1年半ほど専門学校や大学を目指したが結局何処も受からなかった。その後Uber eatsを一年以上やりそれで得た金で何度も風俗に通った。あまりにも通い過ぎて金が底をつき借金もした。借金が親にバレて家に帰るのが気まずくなり3ヶ月程ホテル暮らしをしながらUber eatsで稼いだ時期もあった。その後親に借金を返して貰い実家に帰ることになり肉体労働を片っ端からやった。建設業 飲食店 警備員 期間工 Amazonの倉庫 どれも長続きしなかった。そして23の新社会人の歳になった時にはコールセンターにも挑戦した。しかし吃音で結局2週間くらいでクビになった。今はキャバクラのボーイをしている。正直仕事はめちゃくちゃきついがキャバ嬢の女の子と同僚の社員と4人でホストクラブに行けたのは本当に嬉しかった。そして昨日23歳になった。もういつ死んでも構わない。 将棋のプロにはなれなかったし大学にも行けなかった。どんな仕事も長続きしなかった。彼女も出来なかった。けど行動した結果なので満足している。やり残した事は何も無い。我が生涯に一片の悔いなし

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