造花の春

ぼくは とある感情をおもいだす
その曲を聴くと 目の前にひろがっている
まだ けだるさに輝きがあったころ
こころに 熱をもった氷柱が
垂れ下がっていたころ
 
でも ぼくはもう疲れてしまって
ツツジの花叢はなむら
紙細工の造花と見間違える始末なのだ
たぶん 多くの人を
見つめすぎたのだろう
たぶん 多くの事を
考えすぎたのだろう
 
ぼくは
人を見るまえに海を見るべきだった
考えるまえに動き出すべきだった
今じゃ
すべてが作り物めいてみえる
三日に一度の外出も
ゲーム・センターに通うだけのこと
騒音と明滅のなかでしか
息がしづらくなってしまった
 
その曲を聴くと
ぼくは すべ無く過去に引きもどされる
傲慢を純真とはき違え
軽蔑を親愛ととり違えていた
二十歳はたちの自分の元へ
  
春が去りその先の季節をぼくは知らない
厚ぼったい雲が いまも緩慢に空を流れる
外は虫たちのにおいに充ち
ぼくはいまだなす術もない
 
五年前と同じベッドに
五年分くたびれたぼくが横たわる
まだ 心の片隅に
熱い氷柱が溶け残ってはいないかと
躰をおおう気だるさに
黄昏ほどの光が
暮れ残ってはいないかと
暗い瞼の裏を
ぼくは探しはじめる
 
その曲を聴くと……

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